2009年12月02日

新旧フランス女優列伝(2)エマニュエル・ベアールの巻

愛と宿命の泉 PartII 泉のマノン [DVD]エマニュエル・ベアールが一躍その名を知られるようになったのは、クロード・ベリ監督の文芸大作『愛と宿命の泉』の第二部『泉のマノン』(1986年)によってである。南フランスのある土地の権利を巡って壮絶な争いを繰り広げる人間たちを描くこの映画(原作はマルセル・パニョル)の中で、ベアールは主人公の愛娘を演じていた。彼女の出現は『シェルブールの雨傘』でのカトリーヌ・ドヌーヴ、『アデルの恋の物語』でのイザベル・アジャーニの登場に比肩される出来事だったと言える。マスコミは「久々の大スターの出現か」と色めき立ったものである。それほど彼女のフランス映画界への出現は鮮烈なものだった。

ところで、私はベアールの演技を直に見たことがある。あれは15年前(1994年)の春。南フランスの地中海沿いを一人旅した際、モンペリエの帰りにふと立ち寄ったセート(詩人ヴァレリー生誕の地として知られる)という港町でのことだった。ベアールはその街の古い劇場で僅か一晩だけ上演された劇作品に出演していた。作品は19世紀ロマン主義の作家アルフレッド・ド・ミュッセの傑作『戯れに恋はすまじ』。演出は中堅のジャン=ピエール・ヴァンサン。前年にパリ郊外のナンテール・アマンディエ劇場で上演された演目の地方巡業の一環であるが、土地の人はパリの人気女優を一目見ようと大勢詰め掛けていた。

ベアールは当時28歳。すでに『泉のマノン』の好演で映画女優として知られてはいたが、舞台は恐らく初めてだったのではあるまいか。もちろん、声は確かに劇場に響いてはいるものの、舞台女優としての存在感は感じられなかった。どうしても違和感があり、何か大切なものが欠けていると思わされる。この辺が同じ映画女優でもコメディ・フランセーズ出身であるイザベル・アジャーニやジャンヌ・バリバール、国立演劇学校出身であるイザベル・ユペールなどの女優たちとベアールとの違いなのかもしれない。格の違いだろうか。彼女はその後、舞台では余り活躍していないと思う。

美しき諍い女 無修正版 [DVD]やはりベアールは映画女優なのであり、彼女の魅力はスクリーンの中でこそ全開する。彼女がフランスでも日本でも一番注目されたのはジャック・リヴェット監督の『美しき諍い女』(1991年)に出演したときであろう。四時間に亙る映画の中で、殆ど最初から最後まで全裸のままスクリーンに登場する女優などといえば、マスコミ的には好奇のまなざしで見られてもおかしくはない。だが、現実にこの映画を観たものならば誰でも分かることだが、リヴェットはまさしく裸体の奥底にあるものを抉り出しており、映画の中でベアール演じる女と同様、この映画はむしろ「おぞましいもの」を観てしまったという感覚を観客に与えることになる。その意味ではエロス的な快感を与える映画では全くなかったことだけは確かだ。その後、ベアールは『Mの物語』(2003年)でリヴェットと再び組むことになる。

ベアールが出た映画の中で私が最高の出来だと思うのはクロード・シャブロル監督の『愛の地獄』(1994年)という映画だ。余りにも魅力的なために実は浮気をしているのではないかと夫に疑われる妻の役をベアールは演じているのだが、夫の妄想の中でのベアールの悪女ぶりが堂に行っていて、観客も「間違いなくこの女は悪女に違いない」と思ってしまうほどなのだ。ベアールの持つ暗い、悪魔的な面が見事に炙り出されていて、リヴェットとは別の意味でシャブロルはこの女優の仮面を剥いだと言えるだろう。未見の向きには是非、お勧めの一本である。シャブロルの演出も冴え渡っている。

それ以降、リヴェットやシャブロルほどベアールの魅力を引き出すことの出来た監督は残念ながらいないのではないだろうか。現在、彼女は型にはまった美女役でしか映画に登場していないような気がする(『とまどい』(1995年)、『恍惚』(2003年)など)。このままではアジャーニの二の舞になりかねないと気がかりなのだが、アジャーニほどのカリスマ性もないのもまた問題である。

とはいえ、ベアールの持つ華やかな美しさというものがいまの映画界で貴重なことは確かだ。ブライアン・デ・パルマが往年の人気テレビ・ドラマをスクリーンに蘇らせた『ミッション・インポッシブル』(1997年)があれだけ鮮烈な印象を観客に与えたのは、トム・クルーズやジャン・レノの演技のおかげというより、ベアールの持つ他に類を見ぬ艶やかな存在感にあったのではあるまいか。確かにベアールは儚さと典雅さを兼ね備えた稀有な女優であって、その意味では彼女の代わりを務めることのできる女優は存在しないと言えるだろう。

ベアールも今年で43歳。容色に衰えは全く見られないけれども、この辺りで一作でもいいから彼女のもう一つの代表作を観てみたいと思うのは私だけだろうか。





不知火検校

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posted by cyberbloom at 11:36 | パリ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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