2009年10月03日

「あなたになら言える秘密のこと」

あなたになら言える秘密のこと [DVD]辺見庸氏が現代は全てがコーティングされた世界だと語っていたがその通りかもしれない。恐ろしいこと、ひどいことが身近に起きていても人はすぐにそれに慣れてしまう。それを直接に感じられなくなっているのだ。当事者を除いて。考えみるとひどい事件がいくつもあったのにその一つ一つを思い出せなくなっている。しかしそれに巻き込まれた人たちの時間は止まったままだ。

サラ・ポーリーはハリウッドから距離を置いている理由について、インディペンデント系の映画や出身国カナダへの思い入れを語っていたが、ハリウッドが取り上げないような、しかし忘れがたい秀作にあの静謐さをたたえた深いブルーの瞳で登場する。
 
映画をみているとカラーなのに色のない映画だと気付く。色がないといってもモノトーンなわけではないのだが彼女の身につける服の色、景色、職場の工場、強制的に取らされた休暇中の旅先から不意に飛び込んだ北海油田の掘削所。全てがくすんだ、華やかな色合いが抜け落ちた世界。ヒロインの生活もただ工場と自宅の往復のみ。交わされる会話もない。食べるのはいつもチキンと米だけ。

透明な何かで周囲から切り離されたような彼女ハンナは、油田の事故でひどい火傷を負い、後遺症で目が一時的に見えなくなった男に出会う。目が見えずに彼女の看護に身を任せる男は苦痛を紛らわせるためか彼女に話しかける。答えない彼女。

周囲の口の重い仲間達たちから少しずつ事故の詳細を聞いた彼女もわずかずつ男に打ち解け始める。

ティム・ロビンスというとまずあの大きな体とそれに似合わず威圧感のないキューピーのような顔が目に浮かぶ。その大きな体を今回は動かせない。目の演技も封じられた難役を体のわずかな動きと声、表情のみでこなす。体と心の両方の痛み、男は彼女にひとつずつ秘密を打ち明ける。たわいもない話題から思わぬ少年時代の心の傷と事故の原因。

対する彼女も少しずつ変わり始める。二人がつい噴き出すシーンではこちらもなんだかほっとしてしまう。そして彼を病院に移す前日、ついに彼女も自らの秘密を語りだす。


ショックだったのはなんと簡単に人間は忘れてしまうのかということだ。癒えない傷を抱えてそれでも生きていかねばならない人がいるのに、そんなことあったっけと簡単に忘れてしまう。傷を受けた当人は傷の深さゆえ語らない―語れない。ティムの大きな体がここで活きてくる。すべてを語っても彼ならばひょっとして受け止めてくれるかもしれないーと。

ラストシーンで草原を歩いてくる子供たちの身に着けた鮮やかな赤が目に入る。かすかな希望の証として。


あなたになら言える秘密のこと [DVD]
松竹ホームビデオ (2008-11-27)
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おすすめ度の平均: 5.0
5 外見からはわからない
内面の苦しみを表現しきった良作




黒カナリア

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posted by cyberbloom at 09:09 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本と世界の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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