2009年09月22日

フランス式大学入試 バカロレア この問題、解けますか?

6月18日の哲学を皮切りに、フランスの大学入試、バカロレア baccalauréat (略して BAC)の試験が始まった。日本のセンター試験のようなものだが、根本的にシステムが違う。バカロレアは大学入学資格を得るための統一国家試験。バカロレアを取得することによって原則としてどの大学にも入学することができる。

今年の哲学の問題は次の通り。

La langage trahit-il la pensee?(言語は思考を裏切るか?)
Est-il absurde de desirer l’impossible?(不可能を望むことは非合理か?)

これは日本の小論文のように一般論として好き勝手なことを書いていいわけではない。哲学の歴史的な議論を踏まえ、4時間かけて論述しなければならない。哲学はほとんどの分野で義務になっている重要な受験科目のひとつ。高校でこういう思考訓練を徹底的に受けている国民はさぞかし手強いことだろう。

TF1のニュースでも試験の様子を伝えている。

Les sujets du bac philo en version corrigée(TF1,18 juin)

受験生のひとりは朝の7時から来て、最後の見直しをしている。彼の手にしている参考書にはニーチェの引用が。試験が終わると、気の利いた受験生はネットで模範解答と照らし合わせ、自分たちの点数がどのくらいか見当をつける。

受験室ではカンニングを避けるためにバッグを部屋のすみに置かなければならない。しかし、なぜか食べ物の持込はOK。受験生のひとりはオレンジジュース、菓子パン(=chouquette)、バナナ(petit fruit)を持ち込んでいる。朝の7時45分に席について、8時から試験が始まる。それから4時間の長丁場だ。他の科目を含めると試験は来週の水曜まで続く。

多くの受験サイトが9時から行動を始め、哲学の教師たちが試験問題に対して評価を始める。ニュースの中で高校の先生が BAC ESと言っているが、ES (Sciences Economiques et Sociales)は「経済・社会科学系」のことで、一般バカロレア Le baccalauréat général のひとつ。別の大きな括りに技術バカロレア Le bac technologique と専門バカロレア le bac professionnel がある。入りたい学部に合わせてバカロレアの種類を選ぶ。

授業でバカロレアの話をすると、学生たちは膨大な量の記述式試験の採点の客観性がどのように保証されるのかという疑問がわくようだ。もちろん複数の採点者のチェックを受けるようだが、学生にきちんと自己表現させ、それを評価するにはそれなりの時間と労力を要するということだ(つまり相応の予算が要る)。一方で、日本のようなコンピュータが点数をはじき出す、採点が極めて合理化されたマークシート形式によって保証される客観性にどのような意味があるのか、それによって何が測れるのかということも同時に考えてみる必要がある。

相変わらず大学を出るのは簡単な日本では、いまだにすべてが大学入試に集約されている。そこが幼稚園から始まる「お受験」戦争が目指す地点であり教育の内容も大学入試の形式に向けて組み立てられることになる。小1の息子の同級生の中にもすでに中学受験のための塾に通い始めている子がいるし、「プレジデント・ファミリー」とかいう、それを煽りまくるお受験情報雑誌も人気である。また小中高とそこに到達するための下部システムが、受験ビジネスもからみながらきめ細かに整備され、日本だけの受験神話が再生産され続ける。つまり大学入試が変わらないとすべてが変わらないわけだが、フランスのバカロレアの風景を見るにつけ、熾烈な受験戦争の過程で、かけがえのない青春時代を費やしつつ、日本の子供たちが身につける能力って一体何なのだろうと考えざるをえない。

日本の受験制度は、高度成長期の終身雇用が保証された企業社会に、均質な人材を送り込むためのシステムだったのだろう。高度成長などとっくに終わり、雇用に関しても状況は一変してしまっている。最近では、就職の際に「就活力」と呼ばれる自分をひとつの企業のようにセルフプロデュースする能力が求められ、何よりも自分をアピールするコミュニケーション能力とさらなるスキルアップのための自己投資が求められている。一方で、今の子供は小さい頃から塾通いに忙しかったりして、将来のビジョンを思い描いたり、そこに向かう過程での試行錯誤的な経験を積むチャンスが与えられないまま大人になってしまう。本当はそこに一本のレールに還元されない、多様な、きめの細かいプログラムが必要になってくるはずだ(小学校に関しては、いろんな課外プログラムを用意してくれてはいるが)。

□バカロレアに関する最新記事はこちら⇒「フランスの大学入試=バカロレア始まる:この哲学の問題、解けますか?」(2013年度版)



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posted by cyberbloom at 10:36 | パリ ☀ | Comment(4) | TrackBack(0) | グローバリゼーションを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
全く同感。M.サンデル先生のお陰で少しは海外の教育の在り方に注目が集まりましたが、日本の教育が如何に偏っているのかが全く知られていません。大学は少子化で経営が苦しいので受験は儲け手段になっているので、以前導入が増加した手間のかかる小論文入試はどんどん減っています。欧米に学ぶのが大好きな社会のくせに、なぜか教育だけは鎖国状態。欧米の良い点を学び、学校自体の在り方を一から問い直すべきでしょう。
Posted by 星跡堂 at 2011年06月12日 19:01
星跡堂さん、コメントありがとうございます。おっしゃる通りですね。日本ではこの期に及んで小論文入試が減る傾向にあるのですね。大学も経営維持で手がいっぱいなのでしょうか。
Posted by cyberbloom at 2011年06月20日 19:25
偶然、ツイッターの連鎖で発見しました。素晴らしい内容。質と量。少しずつ拝見します。フランスのエスプリ・知性にひたりたいと思います。自分は被災地気仙沼で文筆・作曲活動の日々を送っています。これも何かの縁。今後ともよろしくお願いします。
Posted by 鈴木東吉 at 2011年11月08日 11:08
鈴木東吉さん、コメントありがとうございます。ありがたいお言葉、とても励みになります。私も阪神淡路大震災で被災しましたので、気仙沼の一日でも早い復興をお祈りせずにはいられません。こちらこそよろしくお願い致します。
Posted by cyberbloom at 2011年11月11日 01:22
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