2009年09月08日

マリーの3つの名前 -ある人生-

bambi01.jpg写真の人物をまず見てください。上品で、落ち着いた、知的なたたずまい。茶目っ気も感じるまなざしと、微笑み。ブロンドの髪にマッチした赤いニット姿も小粋なその人が、数十年にわたって国語教育に携わり、業績を讃える賞を授与されたベテラン教師であると聞けば、なるほどと思われるでしょう。その人、マリー・ピエール・プリュヴォーは、今に至るまで更に2つの名前を名乗り生きてきました。

1つは、生まれた時に与えられた名前、ジャン・ピエール・プリュヴォー。アルジェリアに暮らす中流フランス人一家に生まれ、自分はfille であることに何ら疑問をもたなかった「彼女」は、大きくなるにつれて自分の認識と世間の見方が違う事に苦しめられます。お気に入りのドレスを捨てられ、お人形遊びを禁じられたのは始まりに過ぎませんでした。他の男の子達と立ち振る舞いが違うとご近所の噂になり、両親を困惑させ、クラスメイトからはバカにされる。快活な子供は、内向的で目立たないガリ勉少年に成長します。
 
16才の時エンジニアだった父親が病で亡くなり、学校も退学。母一人子一人の家計を助けるため、カフェのボーイとして働き始めた頃、運命を変える出会いがありました。近くのカジノに、パリのキャバレー、カルーセル・ド・パリの一座がやってきたのです。洗練されたレビューとお色気が売り物の一座最大の特色は、出演する美女達が全員hommeであること。ジャン・ピエールは衝撃を受けます。「男の肉体」という牢に生涯閉じ込められて生きてゆくのだとあきらめていたその時に、違う生き方もあることを知ったのです。まさに暗闇のなかの一筋の光、でした。意を決して楽屋を訪ねたジャン・ピエールは、一座のメンバーの助けを借り「変身」します。鏡に映っていたのは、華奢なブロンドの若い娘—ショーガール、バンビとしての人生のスタートでした。
 
18才になるのをまって、着の身着のまま一人パリへやってきた「彼女」は、同じ趣向のキャバレー、マダム・アルチュールでクリスマスの夜に初舞台を踏みます。何もかもが初めてのことだらけ、生活も楽ではありませんでしたが、一座のスターであるブロンドの「美女」、コクシネルを始め仲間達にかわいがられ、開放感に満ちた日々でもありました。「小学校にあがるころから、同級生の男の子達から浮き上がらないように髪を短くしなさい、男らしくしなさいと親に言われ、従ってきたけれど、自分が女の子であることを封印したりはしなかった。いつも鏡を見て、女の子である本当の自分の姿をイメージしていたわ。だから、自分らしく装い、振る舞える喜びは格別だったわね。ああしたいこうしたいとこれまで胸の中で思い描いていた自分のイメージを、実現する事ができるようになったのだから。」
 
bambi02.jpgしかし大都会パリでも、世間との戦いは続きました。「深夜に舞台がはねた後、近所のレストランへ朝ご飯を食べにいくのだけれど、化粧は落とさなくとも必ずパンツをはいて出かけたわね。警察の手入れがしょっちゅうあったから。おかしなもので、どんな厚化粧でも、“社会の窓”がある服さえ着ていれば「男」とみなされて、おとがめは受けなかったの。警察の風変わりな基準をしらないトランスジェンダーの「彼」たちは、逆に”社会の窓“のある男仕立てのパンツをはいているという理由から、風紀良俗を乱したかどで逮捕されたわ。」
 
見せ物や笑いの要素はほとんどなく、着飾った紳士淑女の観客の前で本気の歌と踊りを要求されるステージで、パンビはその美貌とコケティッシュな魅力をたっぷり披露し、やがてスターの仲間入りをします。専属バンドのピアニストはセルジュ・ゲンズブールのパパ。後を引き継いだ息子の曲を歌う事もあったとか。
 
先輩格のコクシネルにならって、時代に先駆け機能の上でも、戸籍の上でもFemmeになったのもこのころ。ヘテロセクシャルの恋人がいたということもありましたが、自分の意志で決めた、大きな選択でした。
 
そして、バンビは次なる人生へ向けて一歩を踏み出します。断念した勉強をしてみたくなったのです。ステージをこなす傍ら学業を再開した彼女は、やがてソルボンヌ大学に入学します。プルーストの文学を研究し、学位と教職免許を取得。ついにはステージを去り、教職につきます。ヒッピースタイルできめた、マリー・ピエール・プリュヴォー先生の誕生でした。
 
教鞭を取っていた間はバンビとして生きた時代を封印してきましたが、自伝の出版を機に過去をオープンにしたマリー。テレビをはじめマスコミの取材に応じていますが、テレビの映像や写真で見る彼女の美しさはまさに驚き。インタヴューしたヴォーグ誌の記者が「黄金時代のハリウッド映画の女優のようにグラマラス」と評していましたが、そのたたずまい、物腰、話し方、どれをとっても実に洗練されていて、かくありたしと思う女性らしい魅力に溢れています。生まれたときから自分と世界との齟齬感と向き合い、偽らない生を生きるために信念を貫いたマリーに与えられた、恩寵なのかもしれません。

バンビとしてのステージを見たい方はこちらをどうぞ。  

ご本人のウェブサイトはこちらです。






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posted by cyberbloom at 23:12 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | ファッション+モード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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