2009年08月20日

宮崎駿とサン=テグジュペリ

人間の土地 (新潮文庫)『星の王子さま』は2005年1月に翻訳出版権が消失したおかげで多くの新訳が出版され、物議をかもしたが、その重要なシーンのひとつになったと言われる1935年のリビア砂漠での飛行機墜落事故の体験は、サン=テグジュペリの『人間の土地』の中で語られている。重要なシーンとは、砂漠に墜落した飛行士の目の前に星の王子さまが現れ、Dessine-moi un mouton!と呼びかけるシーンのことである。

宮崎アニメの中でも最も印象的なシーンは飛行シーンだと誰もが認めるところだろう。「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」、「紅の豚」などの飛行シーンで私たちは独特のスピード感と浮遊感を味わうことができるが、飛行シーンのあるなしにかかわらず、宮崎アニメにおいて魅力的なキャラ以上に重要な役割を果たしているのが「自在な速度」である。

サン=テグジュペリと言えば、第二次大戦中の1944年に偵察のミッションを受けてコルシカ島を飛び立ったまま行方不明になっていたが、2003年7月に機体の一部が海底から引き上げられ、そこに記されていた製造番号によってサン=テグジュペリの乗っていたものと特定された。そして翌年、飛行機の残骸は、パリの北方、ル・ブルジェ空港の一角にある「航空宇宙博物館」に移された。しかし、サン=テグジュペリがなぜ死んだのか、エンジンの故障なのか、操縦ミスなのか、自殺なのか、その問いは宙吊りのままだったが、去年の3月、元ドイツ軍パイロット、ホルスト・リッパート氏が「私がサン=テグジュペリを撃った」とラ・プロヴァンス紙に証言した。リッパート氏は1944年7月31日、南仏ミルの飛行場を出発、トゥーロン付近でマルセイユ方向へ向かう米国製P38ライトニング戦闘機を発見したという。

「接近して攻撃を加え、弾が翼に命中した。機体は一直線に海へ落ちた。機内からは誰も飛び出さず、パイロットは見なかった。それがサン=テグジュペリだったことを数日後に知った。サン=テグジュペリの作品は大好きだった。彼だと知っていたら、撃たなかった」

「航空宇宙博物館 Musee de l’Air et de l’Espace」の「サン=テグジュペリ・コーナー Espace IWC-Saint Exupery」(飛行機の残骸の写真あり)

夜間飛行 (新潮文庫)1998年5月9日に放送された NHKのドキュメンタリー「世界わが心の旅・宮崎駿 ― サン=テグジュペリ紀行 〜南仏からサハラ」(DVD化されている)で、宮崎駿はサン=テグジュペリが通った郵便航路、トゥールーズ〜ブエノスアイレス間のうち、モロッコのキャップジュビー飛行場までの行程をたどっている。宮崎駿はこの取材旅行にひどく感銘を受け、帰ってからスケッチをかき、それがサン=テグジュペリの『人間の土地』『夜間飛行』(新潮文庫)のカバーに使われている。『人間の土地』には取材旅行のあいだに記した文章「空のいけにえ」があとがきとして収載されている。「空のいけにえ」とは印象的なタイトルだが、いかに宮崎駿が空にとりつかれていたかを的確に表すものだろう。

当時の宮崎駿は、「もののけ姫」(1997年)の大ヒットをよそに、自分の作品の方向性に疑問を感じ、スタジオジブリの引退宣言をしたところだった(もちろん「千と千尋の神隠し」で復帰するのだが)。心の師匠であるサン=テグジュペリの軌跡を直接たどり直すことで、自分の作品に対する姿勢を立て直す意味もあったのだろう。

番組の内容はこのHPに詳しく書かれています(リンク切れ)

このHPが取り上げている印象的なエピソードに、「宮崎駿はパリから旅の出発点になるトゥールーズまで、複葉機アントノフAN2機で飛行した。このアントノフなんですけれども、真っ赤な複葉機なんです。もしかして取材陣、宮崎駿監督が「紅の豚」のマルコになる、という画を撮りたかったのか?(笑)」というのがあるが、これはぜひ見てみたい絵だ。

宮崎駿にとってサン=テグジュペリと同じくらい重要なフランス人がいる。漫画家メビウスMœbius である(現在、来日中)。ふたりは相互に影響を与え合い、友人でもある。2004年12月から2005年4月にかけて「宮崎駿とメビウス Miyazaki et Mœbius 」展がパリで開かれ、開会式にはふたりそろって出席した。メビウスは自分の娘にナウシカという名前をつけている。

□オススメ関連本『サン・テグジュペリ (Century Books―人と思想)』稲垣直樹著


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posted by cyberbloom at 10:49 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎駿 Studio Ghibli | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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