2009年08月10日

「2020年の日本人-人口減少時代をどう生きる」(1) -年金制度はどうなるか?

2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる「2020年の日本人」はタイトルが語る通り、2020年の時点で日本人がどのように働き、どのように住み、どのように暮らしているのか、マクロ経済の視点から描き出した本である。それだけでなく、「なぜ今の日本がこうなっているのか」という疑問についても明快な視野を与えてくれる。

2020年はそんなに遠い将来ではない。あと12年あるが、何かしようと思えば何かを達成できる十分な時間である。しかし、無策のまま手をこまねいていても12年はあっというまに過ぎてしまうだろう。この12年のあいだに日本はさらに急激な変化にさらされる。

その急激な変化の影響を最も被るのが年金制度である。私たち日本人の最大の関心事である。新聞やテレビで話題にならない日はない。

今年の6月に厚生労働省が発表した人口動態統計で、07年の合計特殊出生率が1.34となったことがあきらかになったが、今後も上昇に転じる見通しはないとのこと。少なくとも近い将来において出生率を上げることは難しい。政府与党は何を根拠に「年金100年安心プラン」とか言っているのか知らないが、日本人は21世紀の後半に至っても安定した年金制度を維持することは困難な事態になっている。

その理由は、20歳から64歳の年齢階級、つまり年金を出す側と、年金を受け取る側の比率の変化があまりに急激で、さらにその水準があまりに高いからだ。

年金を受け取る側の比率は1950年に9・1%だったが、2006年では25・6%になった。そして今後その比率はさらに急激に上昇し、2050年には45%にまで跳ね上がる。ほとんど50%に達する水準は、どうみても高すぎる。

実は先進国でこんな国はどこにもない。日本だけが未曾有の経験をするのである。例えばイギリスでは2030年代に年金を受け取る側の比率は30%、フランスでは2040年代に33%でほぼ安定する。よく例にあがるスウェーデンはイギリスより少し早い時期に同じ水準で安定する。比較的高いのが、37%のドイツだが、いちおうこの水準で安定する。

日本の問題は安定する水準が見えないこと。ゆえに計算の基準を設定できないのだ。高齢化が速さにおいてもレベルにおいても著しい国には、高齢者対策の多くの部分を年金に依存することは現実的ではないと著者は言う。

なぜこんないびつな人口構造になったのか。著者の答えは意外なものだった。出生率は戦争直後のベビーブームのあと一旦上昇したが、1950年代の大規模な産児制限で急激に低下するのである(下のグラフを参照)。その過程で優生保護法が大きな役割を果たす。産児制限は当時の経済状態や食糧事情を考慮すればやむをえない政策だったのだろうが、その後、出生率は下がる一方で回復することなく今に至っている。つまり、過去に人口を人工的にいじったことが日本の人口問題の原点なのである。著者は当時、優生保護法が個人に与えた影響こそが重大で、しばしば出生率低下の原因と挙げられる「女性の就業率の上昇」の影響は限定的だと主張している。一方で、生産性が低いときは頭数が必要だが(=貧乏子沢山)、生産性が上がると頭数が要らなくなるとも一般的に言われる。

合計特殊出生率の推移(厚労省、人口動態統計より)

ヨーロッパの中でも人口の安定性が悪いドイツは、戦後の東西分割による労働不足を補うために、一時的に外国人労働者を積極的に活用した。そうやって人口をいじった影響で高齢化が進んでいる。別の経済誌で読んだのだが、中国の産児制限、つまり「一人っ子政策」がこれから30年後に中国社会に深刻な高齢化をもたらすようだ。

現実はどうなっているのか。日本の05年度の社会保障給付は約71兆円。単年度で15兆円の赤字を出している。日本の年金制度は積み立て方式で出発しているので、そのときの積み立て金がまだ残っていて、今のところはそれで赤字が補填されている。しかし、著者の予測では3‐4年のうちに積立金は底をつく(間もなく底をつくころだろう)。そうすると原則的にはその年の社会保障給付は、すべてのその年の20歳から64歳の人々で負担しなければならない。そして2020年にはどうなるか。一人当たりの平均負担額は2005年で年間約72万円だったが、2020年には約135万円となり、ほとんど倍に近い増加となる。今の制度を維持するとすれば、保険料はそれに連動して上がり続けるのだろう。

日本の場合、年金問題が人災であることも悩ましい。社会保険庁の年金の私物化という信じられない事態が明らかになっている一方で、著者も書いているように(民主党の議員もよく言っている)、年金に関するデータのすべてが公表されていない。本当は著者が出しているようなデータを含め、すべて明らかにして国民に選択肢を示すのが政治の役割だ。それなのに隠し事をしつつ、対処療法を繰り返し、短いスパンで制度がコロコロ変わる。

フランス系のブログとしては、出生率を上げるためにヨーロッパで最も高い出生率を誇るフランスに習おうと言いたくなるところだ。すでにフランスの子育て事情について何度か記事にしている。しかし、著者は言う。日本の出生率の長期の傾向と普遍の流れは、それを変えるべきなのか、このままでいいのか、日本人に問いかけているのだと。子供を作るのは出生率を上げるためではなく、あくまで個人の価値観と幸福の問題だからである。私たちはこの点を勘違いしがちである。

「人々に子供を持つ自由を保障するところまでが政府のなすべきことであって、子供を持つかどうかは人々の判断に委ねるべきである。その結果として出生率が上昇したのだとすれば、それを前提とした社会システムとし、出生率が変わらず、あるいは低下するのであれば、それでも人々が豊かに暮らせる社会システムとはどのようなものか考えるべきである。出生率の低下が現在の年金制度や高齢者福祉を困難にするから、日本経済の持続的な拡大を確保する必要があるから、出生率を向上させるべきというのであれば、産めよ増やせよを推進したかつての軍事政権と変わるところはない」

(続く…次回のテーマは「高速道路」)


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posted by cyberbloom at 22:51 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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