2009年07月30日

予防原則 principe de précaution

グーグル・アースやストリート・ビューは監視技術と重なる面もあるが、基本的にはユーザーの利便性や個人の自由な行動に結びついている。私たちは今までにない利便性や自由を享受しながら、一方でグーグルのアプローチが可視化されていないことに一種の気持ち悪さを感じる。向こうからこちらが見えているようだが、こちらからは何も見えないという非対称的な関係に置かれている。私たちはアマゾンのオススメ機能やグーグルのパーソナルな広告にも同じような不透明さを感じる。どのような情報や自分の属性をもとにして、どのような計算が行われ、商品と自分のあいだにどのような相関関係が見出されたのかというプロセスはユーザーには開示されないからである。それは私たちのプライバシーを侵害しているように感じられるのだ。

今回は携帯電話について考えてみる。問題にするのはケータイの電磁波である。プライバシーに関していえば、個人の健康に対する影響ということになる。先週、TF1のニュースを見ていたら、フランスでケータイの中継アンテナ(antenne relais 日本では「基地局」と呼んでいる)から出る電磁波の危険性に関する議論が再燃しているようだ。TF1では二つのニュースが流れていたが、それぞれのタイトルは「中継アンテナを恐れるべきなのか?」「どうやって電磁波を避けるか」(後者はリンク切れ)である。

Téléphonie mobile : Faut-il avoir peur des antennes-relais ?
■Enquête du 20h - La fronde contre les antennes-relais de téléphonie mobile se généralise. Le mois dernier, deux opérateurs, SFR et Bouygues Telecom, ont été condamnés au nom du principe de précaution à démonter leurs équipements à la suite de plaintes. Pour l'Académie de médecine, le risque n'est pourtant pas démontré.

Comment éviter les ondes électromagnétiques
■Internet sans fil, micro-ondes, portables, les ondes électromagnétiques sont de plus en plus nombreuses dans notre quotidien. Et alors que des études sanitaires sont en cours, voici nos conseils pour réduire les risques.

基地局とは上を見上げるとマンションの屋上に立っているアレである。とりわけ子供への影響が危惧されているようだ。ヨーロッパのいくつかの国ではすでに電磁波は規制されているのに(オーストリアが最も厳しい基準値を設けている)、なぜフランスでは基地局から出る電磁波を規制しないのかと。フランス政府はケータイ会社と一緒になって一方的に安全だと主張してきたが、それと矛盾する調査がいくつも出てきたので、近いうちに議論の席に着くことを余儀なくされている(今月26日に会議が行われる)。日本ではケータイのCMはガンガン流れているけれど、全くそういうアナウンスがない。ケータイ会社は巨額の広告費を払ってくれるお得意さんなので、メディアはそれに不利になる情報は決して流さない。スポンサータブーってやつだ。

電磁波の身体への直接の影響だけでなく、この種の問題特有の不透明さからくる心理的影響もあるのだろう。グーグル・アースの場合、プライバシーの侵害は事実として確認できる。映っているか、いないかの問題だから。電磁波の場合はわからない。測定器で測ることはできるが、どの値を基準にすればいいのか専門家によっても意見が分かれるだろうし、人によっても健康に現われる影響は違うだろう(テレビのニュースのように、計測器がガーガー鳴るとイヤなものである)。一方で、電磁波過敏症と呼ばれる、電磁波の影響を受けやすい人たちが確実に存在するようだ。この不透明さは現代の本質的な不安と言えるだろう。放射能汚染、食品汚染、地球温暖化、テロリストに至るまで、この手の見えない不安には事欠かない。

企業天国の日本では、最大限の利益を上げるために規制は最小限にとどめるべきという考えが支配的で、ケータイ事業に関しても「危険性が確認されなければ規制されるべきではない」ということになっている。企業は基地局に反対する住民の主張に対して「科学的ではない」「因果関係を立証できない」と反論するが、一方で決して自分から「積極的に」安全性を立証しようとはしない。本来疑いがあれば、企業が自ら積極的に立証すべきはずだが、企業側の論理は「危険性が立証されなければ安全」、つまり「相手が立証できないのだから、こちらの勝ち」そして「疑わしきはOK」というわけだ。

これに対してヨーロッパでは予防原則(英precautionary principle 仏 principe de précaution)という考えが打ち出されている。環境や健康の問題の因果関係が明らかになったときには手遅れになるので、被害を最小限とする予防的措置を取るべきだという考え方である。ヨーロッパでは電磁波を規制する法律にこの予防原則が反映されているが、そうでない日本では裁判に持ち込んでもなかなか勝てないようだ。予防原則を訴える住民に対して、最近の大分での判決は「予防原則の適用は立法論。適用の可否や範囲は国民全体、住民全体が選択すべき政策的な判断だ」と言っている。つまり、日本では法律に反映されるどころか、そういう議論も起こらないのだからしょうがないというわけだ。

もちろん、基地局は私たちのモバイル社会を成り立たせている基幹的なインフラである。モバイルがモバイルであるためにはすべての地域を網羅しなければならない。ケータイは世界中の人々とのコミュニケーションをうたってきたが、その背後には地道な基地局の建設がある。「広がり」とともに重要なのは「速さ」である。モバイルの技術の刷新のサイクルは早く、通信速度が上がればそれだけ基地局の出力も上がる。

私たちはケータイに対して輝かしい未来のイメージを抱きがちである。私たちの日常性に直接結びついているわかりやすい未来だからだ。しかし、ケータイの便利さとは何なのか、その利便性は何を引き替えにしているか、ということを立ち止まって考える時期にあるのかもしれない。テクノロジーはあくまで人間が使いこなすものであって、人間がテクノロジーに奉仕するわけではない。ケータイはグーグル・アースより日常に浸透し、身体とも一体化しているだけに、はるかに「テクノロジック」である。その使いこなしの中には、電磁波問題との折り合いも含まれるのだろう。

日本の電磁波関連ニュース




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posted by cyberbloom at 21:15 | パリ ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
携帯基地局の電波と折り合いなんて付けられるんですかね。これからの時代は有線だと思えますが。

携帯電話基地局周辺で健康被害という報道や研究
http://ameblo.jp/kitakamakurakeitaing/entry-10201626740.html

携帯電話基地局の害に関する研究の紹介
http://ameblo.jp/kitakamakurakeitaing/theme3-10006484427.html#main
Posted by denjiha at 2009年07月31日 10:08
denjihaさん、コメントとリンクありがとうございます。携帯を使っている人が大多数で、それも電磁波の問題について知らない人が多い現状で、問題提起という形で書きました。個人的な意見としては同意します。私もマンションに中継アンテナをつけようとした業者ともめたところです。
Posted by cyberbloom at 2009年07月31日 23:16
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