2009年06月23日

『ノートルダム・ド・パリ』の予言

ノートル=ダム・ド・パリ (ヴィクトル・ユゴー文学館)「レ・ミゼラブル」で有名なヴィクトル・ユゴーに「ノートルダム・ド・パリ」(Notre-Dame de Paris)という作品がある。「ノートルダムのせむし男」(The Hunchback of Notre Dame)というタイトルでも知られ、ディズニー映画「ノートルダムの鐘」の原作でもある。

しかし、今回話題にするのは、美しいジプシー娘、エスメラルダ(Esmeralda)でもなければ、醜い鐘つき男、カジモド(Quasimodo)でもない。エスメラルダに一目ぼれし、カジモドを利用して、彼女をものにしようとするフロロ副司教(Frollo)が口にする謎めいた言葉である。フロロはテーブルの上に開いたままになっている書物を右手で指し、左手でパリのど真ん中に鎮座するカテドラルを指差し、こう言う ― Hélas!, ceci tuera cela. (ああ、これがあれを滅ばすだろう)

ユゴーはメインのストーリーを語るだけでなく、その合間に様々な知識や思想を披露しているが、ユゴーが副司教に言わせていることは、印刷と文字の普及が教会の権威を失墜させるだろうということだ。聖人の彫像が飾られ、ステンドグラスで彩られた中世のカテドラルはキリスト教の権威と中世的な意味での知識の集大成を象徴していた。もちろん、印刷術が発明されたからといって、人々は紙とペンで書くことをやめなかったし、カテドラルで祈ることをやめたわけでもなかった。しかし、印刷は手書きにとって代わった。書物の形態の中で印刷された書籍が最も評価されるようになり、それが中世的な組織と表現を駆逐したのである。

「人間の思考は形式を変えながら、表現の方法を変えるだろう。それぞれの世代の主流となる考え方は、もはや同じ素材に同じ方法で書かれることはないだろう。石に刻まれた書物は、あれほどしっかりして長持ちするものであっても、紙でできた書物にとって代わられるだろう。そうした書物はさらにしっかりして長持ちする。そういう予感がするのだ。この関係のもとで副司教の曖昧な表現はふたつめの意味を持つ。それはひとつの技術が別の技術にとって代わることを意味する。つまり、印刷技術が建築を滅ぼすということだ(=L'imprimerie tuera l'architecture.)」(ヴィクトル・ユゴー『ノートルダム・ド・パリ』)

ノートルダムの鐘 [DVD]ユゴーが生きていた19世紀は印刷技術が資本主義と結びつき、隆盛を極めた時代だった。書籍、新聞、雑誌という媒体の発達が、情報の大量生産と大量散布を可能にしていた。文学はまさにこの流れに乗り、多くの人々の支持を集めていた。印刷技術は印刷されたテキストを神聖不可侵の人工物に祭り上げ、作品と著者をその時代のモニュメントとみなすように仕向けた。まさにユゴーは文学史に燦然と輝くビッグネームであるが、Ceci tuera cela はユゴーの勝利宣言だったのかもしれない。著者はモニュメンタルな姿を獲得する一方で(著者=author,auteurの語源は、権威=authority, autoritéである)、著者と読者のあいだは引き裂かれ、隔てられ、読み手は著者の崇拝者にすぎなくなった。

教育に目を向けてみると、19世紀以来、「文学はかくあるべし」と教えるのが人文教育で、その目標は同じテクストの読書経験をさせることだった。それは文学的な遺産を共有することで文化的な統一がされるというブルジョワジーの理想が根底にあるが、つまり、印刷技術がもたらしたのは、特権的な人間が書いたテキストを多くの人々に「刷り込む」というモデルだ。つまり、近代という営みそのものということになる。このモデルでは、読者(大衆や消費者と言い換えることもできる)は受動的で、従属的な存在に過ぎず、常に過小評価されるが、コンピュータ・テクノロジーによって脚光を浴び、顕在化するのはまさしく彼らなのである。

文学の古典(それはすべて西洋のものだ)を読むべきとか、それが教養だという考え方(=イデオロギー)は、ポスト印刷文化の時代において相対化される運命にあるだろう。中世のカテドラルは「キリスト教の権威と中世的な意味での知識の集大成」の象徴だったわけだが、今度ターゲットになるのは印刷技術とそれがもたらした価値体系である。

デヴィッド・ボルターは「ライティング・スペース」の中でフロロ副司教にならって「コンピュータのキーボードから目を上げ、書棚に並ぶ本を見上げるとき、これはあれを滅ぼすのだろうか、と考えないわけにいかない」と述べている。具体的に言い換えてみると、La Toile tuera le livre. (ウェブは本を滅ぼすだろう) である。古代のパピルス・ロール、中世の写本、印刷書籍に続いて私たちが手にしている第4のライティング・テクノロジー、それがハイパーテキストだ。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 18:55 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評−フランス小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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