2009年06月15日

週刊フランス情報 8 - 14 JUIN 後編 D-Day on Omaha Beach

オバマ米大統領も訪問、いまも記憶残るノルマンディー
■「オバマビーチ」? 第二次大戦中に欧州をナチス・ドイツの占領から解放することになった連合軍のノルマンディー上陸作戦。「Dデー」と呼ばれた作戦決行日の6日、フランス北西部の上陸現場で欧米各国の首脳を招き、65周年の記念式典が行われた。だが、当時の記憶は政界では薄れつつあるのか、英国のゴードン・ブラウン首相はつい、有名な浜辺の名前を言い間違えてしまった。



■正しくは「オマハビーチ」。式典に米国のバラク・オバマ大統領が初めて出席し、ブラウン首相も口がうまく回らなかったのだろう。とはいえ、フランス通信(AFP)は、英国では自らの政権は動揺するばかりで、現代史の転換点となった作戦のことよりも最近の英政界の混迷ぶりを反映するかのようだと手厳しく報じた。式典に参加した退役軍人の大半が英国人だったことも場が悪かった。
■1944年6月6日の作戦でフランスに上陸した連合軍兵士は約15万6000人。そのうち米兵は9387人が戦死した。米CNNテレビによると、オバマ大統領は初めての式典で、「運命は制御できない力で決定されるのではない。未来は偶然や状況で形成されるものではない。それをあなた方は思い起こさせてくれる。(未来は)われわれ次第だ」と語り、Dデーを忘れないよう訴えた。
■だが、欧米の指導者らが声高にDデーを振り返るまでもなく、激しい戦闘が繰り広げられたオマハビーチを見下ろすノルマンディー地方のコルビルシュルメールは当時の記憶を鮮明にとどめている。「静かな浜辺は一転して血に塗られた。子供だった住民は爆音をいまも思い起こす。Dデーの記憶をとどめるのには、ただビーチにたたずめばいい」。AP通信は65年が過ぎた現場をこう伝えた。
■「雷のようだった。でも雷でないことは分かっていた」。オマハビーチに近いリジューの街で祖父母と暮らしていた当時、9歳だった男性はAP通信に、連合軍の攻撃が始まったときのことをこう振り返った。時は流れ、いまはもうすっかり引退生活。ビーチのことを知り尽くした住民として、大西洋に面した静かな海岸でホタテガイやエイが捕れる一番の魚場を教えたりしているという。
■静かさを取り戻したオマハビーチには世界中から観光客も多く訪れる。大不況であってもノルマンディーの地は無関係のようだ。海岸線沿いには当時の歴史をとどめた閑静な街が並び、ゲストハウスで寝泊まりができる。ビーチ付近の街までパリから鉄道で約2時間15分と交通の便もよくなった。ビーチ付近の街で2〜4ユーロも出せば、バスに乗ってDデーの跡地を見て回ることができる。
■ノルマンディーの海岸線は約80キロもあり上陸作戦では5つのビーチに分散して兵士が上陸した。各所に跡が残されているのだが、その中でも歴史的に興味深いのがオマハビーチ南西の街、バイユーだろう。1066年、現在の英国を征服したノルマンディー公ウイリアムの伝説が残されているからだ。大陸から英国へ侵入した中世。現代は逆に大陸へ乗り込むことで歴史は大きく変わった。
■ビーチ近くでは、当時の作戦を生々しく伝える博物館も人気だ。コルビルシュルメールにある「オマハビーチ記念博物館」はビーチから回収された兵器を展示している。オマハビーチにある米兵墓地のビジターセンターでは、ドワイト・D・アイゼンハワー連合軍最高司令官の声が聞け、へこんだ米兵のヘルメット、食料が入っていた缶、祖国への兵士の手紙を見ることができるという。
■英国に近いフランスのカレーが上陸地点になるのではないかと、ナチス・ドイツとの間で情報戦も展開された連合軍の作戦。意表を突く格好になったノルマンディー上陸作戦だったが、犠牲は大きく、ノルマンディー地方を制圧するのにも長い時間を要した。海岸線を東にゴールドビーチに行くと英兵の墓地がある。海岸線中央付近の内陸にはドイツ兵の墓地もある。上陸作戦では連合軍兵士の死者は計21万5000人に上り、ドイツ兵も多くが亡くなった。フランス人の住民は1万9000人が死亡した。
■オバマ大統領夫人とニコラ・サルコジ仏大統領のカーラ・ブルーニ夫人とのドレス合戦や、オバマ大統領一家を熱烈に歓迎したフランス国民が話題になった今年の式典。その一方で、ノルマンディー地方には上陸作戦に挑んだ人たちの思いがいまも息づいている。
(6月13日、産経新聞)
★動画はyoutubeからのものだが、歴史の授業のために作ったと書かれている。映画「プライベート・ライアン」の場面を使っているようだ。

ドイツ古豪も名乗り!5クラブが松井争奪戦
■サンテチエンヌの日本代表MF松井大輔(28)の獲得を狙い、欧州、中東の計5クラブが争奪戦を繰り広げていることが11日、分かった。前日10日に複数年契約での獲得オファーを出したフランス1部グルノーブルに続き、この日になってドイツ1部の古豪ハノーバーが獲得を目指していることが判明。関係者によれば、ハノーバーの強化幹部は既にフランスで、松井のプレーを視察済み。ゴール前での攻撃センスを高く評価しているという。1896年創設の同クラブは1938、55年にリーグ制覇。昨季は主力にはドイツ代表GKエンケを擁しながら11位に低迷。巻き返しの切り札として、松井に白羽の矢を立てた。
■昨夏、サンテチエンヌと3年契約を結んだ松井だが、昨季はリーグ22戦出場でわずか1得点と不完全燃焼。関係者は「W杯本番が来年に迫っている。出場機会を最優先したい」と、今夏の移籍を決意した経緯を説明した。推定年俸が2億円超の松井獲得には、多額の資金が必要となるが、ハノーバーは資金面も不安はないという。
■他にもロシアの強豪ロコモティフ・モスクワが6日のウズベキスタン戦を視察するなど調査を開始。石油マネーで資金力豊かな中東の2クラブからも打診を受けた。12日、松井は欧州組ではただ1人、日本代表のオーストラリア遠征に旅立つが、その一プレーごとに各国クラブの熱視線が注がれることになる。
(6月12日、スポニチアネックス)

100万語目の英単語が今日誕生?サイトでカウントダウン
■米国時間の10日午前5時22分、記念すべき100万語目の英単語が生まれる――。英語の単語数を数えているウェブサイト「グローバル・ランゲージ・モニター」が、そんな予想を展開している。同サイトのカウンターによれば、9日夜現在の英単語の数は99万9985語。コンピューターを使って約5000のウェブサイト、辞書、学術出版物、ニュース記事をチェックしており、利用頻度を調べて2万5000回以上使わていれば、新語として認定しカウントする。
■例えば昨年から今年にかけての大統領選やSNS人気、不況関連のニュースからは、「オバマニア」(Obamamania:オバマ大統領の熱狂的な支持者)、「デフレンド」(defriend:SNSの友達を削除すること)、「ゾンビバンク」(zombiebanks:死に体銀行)、「リセッショニスタ」(recessionista:不況で金をかけずにおしゃれをする人)といった新語が生まれた。
■ほかの言語では、こうした現象に対応する単語は生まれて来なかっただろうと話すのは、このプロジェクトを率いる「最高単語分析者」のポール・パヤック氏。目的は100万語目の単語を数えることよりも、英語が世界で広く使われている複合的な言語だと実証することにあると説明する。
■同氏の説によれば、英語は世界の言語の中で最も単語の数が多い。2番目の中国語は約45万語。英語はインターネットによってさらに多言語との接触が増え、より豊かに、より複合的になっているという。例えばフランス語はかたくなに語彙を広げようとしないのに対し、英語はほかの言語も進んで取り入れるとパヤック氏は言い、「英語は新しい言葉をそのまま飲み込む伝統がある。ほかの言語の場合は翻訳してしまう」と力説する。
■ただし同氏の説は、言語学者にはほとんど相手にされていない。言葉は常に変化するものであり、単語の数を数えるのは不可能に近いというのが学者の見解だ。英語がほかの言語に比べて単語数が多いという見方は支持しても、世界一多いとは断定できないという。オックスフォード英語辞典の編集にかかわったジェシー・シードロワー氏は「単語を数えることは不可能だ。数えられないものを数えられると言うのはまやかしだ」と手厳しい。
■これに対してパヤック氏は、単語の数は興味の対象として自分たちで設定した基準に基づいて推定しているにすぎず、カウントダウンは英語が国際語になったことを記念するものだと反論した。「ほかの言語は英語に追いやられつつあるが、多くの人がこれほど膨大な単語を使ってコミュニケーションできるのはすごいことだ」とパヤック氏は主張している。
(6月10日、CNN.co.jp)

スー・チーさん、「裁判は政略」
■自宅軟禁条件に違反したとして、ミャンマーの軍事政権に起訴された同国の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さんが、今回の裁判は「政略だ」と語った旨を、スー・チーさんの弁護士が11日、明らかにした。
■発言を伝えたのは、スー・チーさんが率いる国民民主連盟(National League for Democracy、NLD)の広報担当で弁護人を兼任するニャン・ウィン(Nyan Win)氏。10日に拘置されているスー・チーさんと面会した際に、スー・チーさんの発言を聞いた。また、ニャン・ウィン氏ら3人による弁護団は11日、上級審である高等裁判所に対し、特別法廷に拒まれた弁護側証人2人の採用を認めるよう抗告した。同氏によると、この抗告に関する審理は17日に行われ、弁護側証人追加が認められた場合、その先の裁判日程はずれ込む見込み。
■弁護側が採用を求めている証人は、前年9月までミャンマーで最長期間投獄されていた元政治囚ウィン・ティン(Win Tin)氏と、スー・チーさんと同じく自宅軟禁されているNLDのティン・ウ(Tin Oo)副議長。ニャン・ウィン氏によるとスー・チーさんはまた、軟禁・拘束期間は5月26日に正式に期限を迎えたはずなのに、自宅を依然当局が警備している点について不満を表した。
■スー・チーさんは現在、ヤンゴン(Yangon)の悪名高いインセイン(Insein)刑務所内に拘束されているが、警察からは5月に自宅軟禁の終了を告げられたにもかかわらず、掃除を引き受けてくれている友人たちが、スー・チーさん邸への出入りを禁じられていると語ったという。治安要員側はこれについて、上層部からの指示を待っていると回答したという。スー・チーさん宅へ湖を泳いで密かに侵入した米国人男性のジョン・ウィリアム・イエットー(John William Yettaw)さんをかくまったとして、スー・チーさんは起訴された。世界的に抗議を巻き起こしている同裁判は、12日に再開する予定。
(6月11日、AFP)



★commented by cyberbloom

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posted by cyberbloom at 18:52 | パリ ☔ | Comment(1) | TrackBack(0) | 週刊フランス情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然の投稿失礼致します。

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突然の投稿にも関わらず、最後までお読み頂き有難うございました。
Posted by ヨーロッパカラー at 2009年06月15日 19:10
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