2009年05月19日

ファースト・レディの選択 “First Lady’s Choice”

RubenIsabelToledo03.jpg世界中が注目したオバマ大統領の就任式。歴史的な瞬間を目撃するため夜更かしした方も多い事と思いますが、ファッショニスタの関心事は「ミシェル・オバマが何を着るか」。選挙キャンペーン中から、ブランドネームに寄りかからず「ファッションで自分を表現することに臆しない」姿勢はもちろんのこと、冒険をおそれない大胆さとセンスのよさで、ミシェル夫人は世のお洋服好きを驚かせてきました(例えば、アライアのベルトのようなエッジのきいた小物をさりげなくしていたり)。政治家の妻らしからぬ絶妙な着こなしの裏には、ひいきにしている地元シカゴの高級セレクトショップのオーナー氏のアドバイスもあるようですが。
 
このままいけば春頃には公の場でマルタン・マルジェラを着てしまうんじゃないかと噂されるミシェル・オバマが、ファーストレディーとなる日の記念すべき一着として選んだのは、マンハッタン在住のアメリカ人デザイナー、イザベル・トレドのもの。実に心憎い選択で、思わず嘆息してしまいました。
 
イザベル・トレドとは、どんなデザイナーでしょう。業界人は、世間がチェスの天才プレーヤーに寄せるような畏敬の念をこめて、こう呼びます−「Designer’s designer」。服作りに関わる人が手に取れば、そのカッティングを含めた造形の見事さ、素晴らしさにうならされてしまうそうです。また、彼女はいわゆるデザイン画を描きません(!)。平面の布を前に、頭の中でパターンを折り紙のように組み立て、2次元の発想ではとても考えつかない夢のような服を、自分で針を持って作ってしまう。まさに「完璧な」デザイナーなのです。
 
RubenIsabelToledo01.jpgクラーク・ゲーブルそっくりな父と女性だけの野球チームで捕手をするなど活発な母のもと、キューバからの亡命者一家の娘としてニュージャージーで育ったトレドは、幼くして洋裁を学び、自分や姉妹のために自分でデザインした洋服を作ってきました。ニューヨークの有名ファッションスクールで学んだ後、お針子としての腕を買われて、メトロポリタン美術館の服飾部門で、元ヴォーグの名編集長、ダイアナ・ヴリーランドの下アシスタントとして働きます。クチュールのマスターピースを解き、裏返し、縫い直す作業は、トレドいわく「幼児が一言一言、言葉を覚えてゆくようなもの」で、とても勉強になったそうです。ほどなく独立、最初のコレクションで発表した作品はマンハッタンの超高級店バードルフ・グッドマンのウィンドウを飾るなど、業界内でセンセーションを巻き起こしました。
 
オリジナルな造形から川久保玲と同列で語られる事もあるトレドですが、彼女の服は決して奇抜な訳ではなく、むしろ第一印象は「クリスチャン・ディオール本人が手がけたヴィンテージ?」と思わせるぐらいクラシカルで上品。トレンドとかスタイルとか表面的な次元を超越した、根源的な美しさの追求こそが、創作の基礎となっているようです。ちなみに、トレドは自分の作品の事を”Romantic Mathematics”とよんでいます。
 
同じくキューバ移民の息子で、ローティーンの頃スペイン語のクラスで出会ってからずっとそばにいる著名イラストレーターの夫、ルーベンと、彼の父を含む十数人ほどの人々とともに、マンハッタンの片隅でアルチザンのように納得のゆく服だけを作り続けるトレド。一年に作るのはせいぜい数百着、お取り扱いはバーニーズ・ニューヨークやパリのコレット等本物がわかる一部高級ショップのみ。一時招かれてアン・クラインのためにデザインしたことはあったものの一年ほどで契約を解かれてしまい、知る人ぞ知る存在であった彼女は、ミシェルのおかげで一躍注目の人となりました。
 
RubenIsabelToledo05.jpg「ミシェル・オバマのために何点か製作したけれど、就任式に自分のドレスが選ばれるとは全く知らされていなかった」とはトレドの弁。テレビを見てびっくりしたとか。大量消費されあっというまに飽きられるファースト・ファションではなく、着る人が変わっても大事にされるHand-me-down(お下がり)の創り手でありたい、服作りに対する姿勢について、彼女はそう語っています。就任式の後の舞踏会のドレスに台湾出身の新進デザイナーの一着が選ばれたことから、トレドの起用も彼女の出自を意識した、政治的な配慮によるものだとするうがった見方もあるようですが、個人的にはファーストレディーが自分が一番輝かせてくれる服を選んだだけだと思っています。トレドが、今後もミシェル・オバマのために、彼女の娘達に受け継がれるタイムレスな作品を作ってくれる事を願ってやみません。

※昨秋ニューヨークのバーニーズでトレドの服を見ましたが、セールになってもゼロが4つつく立派なお値段で、泣く泣くあきらめました。ご主人のルーベンのイラストレーションがそばに飾られていて、互いに引き立てあっていたのも印象に残っています。ちなみに、購入する人の多くが業界人で、解体してコピーするためにお買い上げしていくのだとか。


Isabel & Ruben Toledo Speak with Rose Brantley at Otis
Isabel & Ruben Toledo A Marriage of Fashion and Art




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posted by cyberbloom at 17:43 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | ファッション+モード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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