2009年04月25日

「iPodは何を変えたのか?」(4) PERFECT DJ

iPodは何を変えたのか?iPodが自分にとっての完全なDJになれば、本物のDJなんて要らない。シャッフルはランダムに曲順を決めているに過ぎないが、そこに魔法を感じている人がいる。しかし、そこに本当の意図が関わるとしたら。つまり、本当に自分の趣味と、そのときの気分に合った曲を選んでくれるとしたら。そういう魔法みたいなことをもくろむ企業が実際に動き出している。DJのセンスや趣味をコンピュータに置き換えようという、新しい音楽産業の動きだ。

少し前にexquiseさんがiTuneのGeniusという機能を紹介してくれたが、Geniusを起動させると、ライブラリに入っている曲全体を分析して、その人の好みだと思われる曲を探し出す。たとえばある曲を選択すると、その曲に相性がよさそうな曲をライブラリのなかからピックアップして新しいプレイリストを作成してくれたり、ライブラリにないお薦めの曲を探し出してくれたりする。

GeniusはデジタルDJの第一歩なのだろう。「iPodは何を変えたのか」が書かれたときはGeniusはまだ存在していなかったのだろうが、デジタル音楽の分類・研究で商業的な成功を収めている小さな企業が紹介されている。Geniusと重なり合う話だ。これらの企業の究極の目標は、慣れ親しんだ曲の快適さと飽きさせない多様性を巧みにブレンドしたパーフェクトな曲順で、リスナーの耳にデジタル音楽を届けることなのだという。

こうした会社が音楽を分類するための2つのアプローチがある。ひとつは数十人の音楽専門家を雇い、手(耳)作業で行う。専門家たちはブルース、ポストパンク、オルタナティブなど、小さなカテゴリーのマニアで、自分が引き受けた領域に関してはすべてを知り尽くしている。彼らは担当のカテゴリーの音楽をすべて聴きとおし、さらなる詳細なカテゴリーにしたがってカタログ化する。これが集められ、体系的なデータベースになる。コンピュータ・アルゴリズムがそれを活用して、適切な曲を適切なタイミングで再生するのだ。

もうひとつは、音楽ファイル自体を数学的に分析する。音楽は感情を初めとする様々な感覚的な要素の集合体で数値化なんて不可能だという反論もあるだろうが、現在、音楽ファイルの中にある謎を解き明かし、音楽の究極的な本質を探し当てるために、業界挙げて競い合っているのだと言う。それを目指して設立された会社のひとつは、音楽のDNAを解明すること。すでにタワーレコードなどと契約して、サイトの顧客にお薦めプレイリストを提供しているという。

その会社には音楽理論を専攻した30人の音楽アナリストがいる。彼らは新しい曲が届くたびに2、30分かけて集中的に分析を行い、400種類もの変数=遺伝子を確認する。歌声の感情的な傾向を特徴化するだけでも音色、ビブラート、ピッチ、レンジなど32種類に及ぶ。この方法論をすべての楽器に適用し、アナリストは曲を完全にデータ化する。この音楽のゲノム・プロジェクトを活用すれば、DJが聴き手の趣味に合わせてプレイリストを作る作業を完全に自動化できるというわけだ。

MITメディア研究所のブライアン・ホイットマンとコロンビア大学デローザ研究所のダニエル・エリスが共同執筆した「自動レコード批評」がこの分野の最も重要な研究成果だという。この論文は、デジタル形式の楽曲ファイルの解析紀結果とインターネット上で検索した音楽関連テキストの意味解析を組み合わせることで、該当する曲やアルバムを聞かなくても「適切なレコード批評をコンピュータで自動生成できる」と主張している。ロック評論家の文章は読み物や思い入れとしては面白いが、実際にその音楽が自分の好みにあうのかは確かに別の問題である。そういうものを断ち切り、「将来的な検索作業のための意味論的な価値を最大化した」レビューが作成可能だというのだ。アメリカ的な本質主義、合理主義もここまで徹底されると唖然とせざるを得ない。

「(これらの音楽解析システムは)、歌詞のつながりやバンド間の系統的な関係を巧みに駆使したり、スムーズな曲のつなぎを行ったりすることで、曲が切り替わるたびに興奮させてくれるだろう。大好きなアーティストの最新曲や、まだ聴いたことがないけれど趣味にぴったりあうはずのバンドの曲が音楽コレクションに自動的に取り込まれ、運動を始めたらIPODが心拍数の上昇に気がつき、理想的なトレーニング向けのプレイリストを再生してくれる。そんなデジタルDJの時代がくるのもそう遠いことではないのかもしれない」

このように著者はデジタルDJの時代の到来を予想しているが、果たして音楽の本質は音楽の中にあるのだろうか。音楽の主導権は常に聴き手の側にあり、音楽とは聴き手と音楽との対話なのだ、とういう考え方もできる。聴き手にしても、そのときの状況や環境に大きく左右される。そういう外部の情報のすべてを取り込むのは不可能だろう。「心拍数が上昇」したのは運動を始めたからではなく、好きな女の子に出会ったからかもしれないのだ。

自分にとって心地よい音楽だけを「孤独に」聴き続ける。デジタルDJはそういうリスナーにとっては自分を見守ってくれる天使のような存在なのかもしれない。天使というよりは、子供の行動に先回りして世話を焼く母親みたいだ。ロック評論の文章が実際の音楽と直接関係ないにしても、それは音楽をめぐるコミュニケーションの重要な一部なのだ。音楽について話すとか、音楽によって人間関係が生まれるとか、その関係の中で考え方が変わるとか、嫌いだった音楽を見直すとか、そういうことを含めて音楽なのである。音楽のゲノム・プロジェクトはパーフェクトなお薦め音楽を提供するといいながら、リスナーを完全にコントロールしよういう欲望に基づいている。音楽を完全にデータ化できるという発想は、音楽に対する人間の反応もパターン化できるという決定論である。私のようなひねくれ者は、それだけですでに大きなお世話だと言いたくなる。音楽の本質は何よりも自由な感覚にあることを忘れてはいけないのだ。

とはいえ、私にとってパーフェクトなプレイリストを作ってくれるというならば、それがどんなものになるのか興味津々ではある。その興味とは、ゲーム的な興味であり(「次はこう来たか!」みたいな)、そしてどうやってデジタルDJの囲い込みから逃げるかである。

「iPodは何を変えたのか?」(3) SHUFFLE





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posted by cyberbloom at 13:40 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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