2009年02月12日

「iPodは何を変えたのか?」(3) SHUFFLE

Apple iPod shuffle 1GB ブルー MB227J/A少し前に「SHUFFLE! SHUFFLE! SHUFFLE!」という記事を書いたが、この本を読んでさらにシャッフル機能の奥の深さを思い知らされた。スティーブ・ジョブスが iPod Shuffle をラインナップに加えたのは、予算の厳しい人たちにもiPodを使えるようにという思いだけでなく、シャッフル機能の人気ぶりに気がついていたからだった。

現実的な問題として、ひとりの人間が何千曲もの音楽を相手にできるわけがない。容量が爆発的に増えても、人間のキャパは変わらない。取り込まれる音楽の総時間は人間の日常的な時間を越えていて、一日中聴きっぱなしにしなければ時間が足りないだろう。そこでランダムに抜き取る形で、シャッフルは膨大なライブラリーと人間の日常をすり合わせる。これは過剰な情報に対処するひとつのモデルにもなるだろう。

あるユーザーたちにとって偶然が曲を選ぶことはロマンティックというより、むしろスリリングな体験なようだ。著者は「スティーリー・ダン問題」に悩まされていた。それは彼のiPodがスティーリー・ダンを贔屓しているとしか思えないということだった。それを「NEWSWEEK」で記事にすると、「やっぱりそうなんだ」と多くの読者の賛同を得ることになった。シャッフルのランダム性には疑念が持たれていたのだ。シャッフルは本当に偏りがなく、公平に曲を選んでいるのか。著者は実際にスティーブ・ジョブスに聞いてみた。ジョブスが担当のエンジニアに答えさせたところによると「シャッフルの再生曲順は絶対にランダム」ということだった。

しかし、シャッフルが本当にランダムだと信じているユーザーは少なかった。あるユーザーはビートルズを全曲入れているのに、Get Back ばかりかけると言い、別のユーザーは夏なのにクリスマスソングしかかけないと不平をもらす。最も興味深いのは、iPodには状況に合わせて曲を選ぶ神秘的な力があると信じている多くのユーザーがいたことだ。

これに対して専門家は次のように答える。

「人間はしばしば、本当はランダムな出来事から何らかのパターンを読み取ったり、ときには、無理やりこじつけたりするものなんです。音楽のような感情を喚起するものならなおさらです」

「私たちの脳はランダムさを理解するようにできてはいないんです。何しろ、人間はランダムな分布に対応できないことに付け込んだ巨大産業だってあるくらいですから。そうギャンブルのことですよ」

著者は「勝負強いバッター」の例を挙げて説明している。打率の高いバッターはいても、勝負強いバッターなどいない。たまたま決定的な場面で打ったヒットが人々の記憶に印象深く焼き付けられるだけなのだ。考えてみれば、ランダムな状態から、単純なパターン、複雑なパターンへと生成、進化してきたのが人間だ。ゆえに常にランダムなものに何らかのパターンを読み取らざるをえないのかもしれない。白い壁をずっと眺めていると、何か模様やイメージが浮き出てくる。それが人間の知覚である。これは健全な知覚の働きであり、そこに何も見出せないことは人間にとって自我が融解してしまうような恐怖なのだ。

多彩なギターの織り成すツェッペリンの The Song Remains the Same のあとに、ブラームスの交響曲が第2楽章から始まり、コルトレーンのスピリチュアルなサックスがそれを切り裂く。シャッフルが絶え間なく生み出す音楽のコラージュを私たちは違和感なく受け入れている。私たちは日常的に「雑種的」な音楽を「雑食的」に聴いている。音楽がLPやCDのような物理的なメディアパッケージの制約から離れ、アルバムという形式はおろか、「ジャンル分けにしたがって音楽を聴く」という行為も過去のものにしてしまった。ある意味、シャッフルはジャンルや国境を横断する(ワープする?)文化の旅でもある。膨大な音楽データベースはグローバリゼーションの産物であり、世界中の音楽のコレクションとネットワーク化によってもたらされた。シャッフルを通して、私たちは拡大し混乱を極めている世界そのものを聴いているのだ。

世界は拡大していっても、人間のキャパは変わらない。私たちの現実は忙しくなっていくばかりだ。世界から届く無数のニュースと同様に、私たちはその中から適切な情報を選ばなくてはならない。しかし、いちいち吟味している暇はない。そのあいだを効率的に、自動的に媒介するシステムが常に必要とされている。シャッフルはそれを象徴しているかのようだ。

そのシステムは自己の形成にまで介入している。iPodは自分の好きな音楽を詰め込むという意味で、自分の大切な記憶の貯蔵庫と言える。音楽=記憶を使って自己という統一された物語(=アイデンティティー)を作るには、iPodの中の情報は多すぎる。私たちはアイデンティティーをあきらめ、シャッフルを使って過剰な情報を過剰なままに生きる方向に賭ける。シャッフルは決して情報を減らしているわけではない。自己という惑星の周囲を無数の音楽=記憶のかけらをスペースデブリのように高速で回転させるのだ。バラバラの情報はフラッシュバックするように、何の脈絡もなく自分の前に現れる。そうやって見せかけの統一感を作っているが、その中身は混乱と矛盾に満ちている。この時代は何よりも「最小限の時間で、最大限の情報を得ること」を目標に突き進んでいる。それは必然的に過剰な情報を過剰なままに生かす新しいシステムをさらに要請していくだろう。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 20:31 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | WEB+MOBILE+PC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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