2009年02月06日

「iPodは何を変えたのか?」(2) IDENTITY

Apple iPod nano 8GB ブラックiPodは自己充足的な閉じたメディアとして語られることが多い。それはiPodの可能性を十分に引き出していない、つまり使いこなしていないからなのだ。「iPodは何を変えたのか?」にはiPodを交換したり、iTunesを見せっこしたりする楽しさが無邪気に綴られている。iTunes自体にそれを後押しする機能がいろいろ備わっている。iPodの本質がナルシスティックに自分のライブラリーを楽しむことではなく、ライブラリーの交換にあるとすれば、iPodから見える風景もずいぶんと変わってくる。

北京オリンピックでも自分の出番の直前まで音楽を聴いている選手が目に付いた。スポーツ選手たちの聴いている音楽はつねに詮索好きな記者たちの関心の的になっているようだ。アメリカでは政治家やセレブのiPodの中身も話題になる。もちろんブッシュ大統領やローマ法王も例外ではない。「あなたの・・・見せてください」というiPodの中身をテーマにした番組も多い。確かに他人のiPodの中身は気になる。誰とでもいいというわけではないが、iPodの交換はきっと魅惑的な体験なのだろう。

入手の難しい音楽で音楽マニアを評価する時代は終わった。もはやレアな音源を見つけること自体がレアになっている(youtubeもまたレア音源の宝庫である)。iPodの時代は、膨大な音楽データベースの中から吟味を重ねて曲を精選し、究極のプレイリストを作ることが音楽マニアの証なのだ。

それは自分を作ることでもある。つまりアイデンティティーだ。アイデンティティーはもはや人間関係や社会的な役割の中で形成されるのではない。レディメイドのものを選び取って形にする。再編集することもできる。またアイデンティティーは基本的に他者を意識する。IDカードを提示するように、他者の承認がなければアイデンティティーの意味がない。

いずれにせよ、これは一大事だ。誰かがあなたのiPodのクリックホイール(あの丸い部分)を回してライブラリーに目を通すだけで、あなたは丸裸にされるのだ。あなたはプレイリストよって採点され、評価されてしまう。他者の視線はプレイリストの編集にも影響を及ぼすだろう。好きでもない、ちっとも良さがわからない曲を、見栄をはるために、自分の評価を高めるために入れるかもしれない。「iTunesのインターフェイスは人物に対する印象形成に決定的な役割を果たしている」という正式な社会学の調査も出ているくらいだ。社会学者アーヴィング・ゴッフマンの言う「印象操作」だ。

iPodを聴いている素敵な女性を見つけたとき、彼女のどんな秘密よりも、彼女のiPodの中身を知りたい、という欲望もわかる気がする。著者が言うように、音楽ライブラリーの交換はエロティックな行為と言えるかもしれない。それがうまくはまったとき、とてつもない恋に落ちるかもしれない。音楽の趣味が合う友だちを見つけるのは意外に難しいものだ。しかし、音楽ライブラリーの交換は初対面であっても即座にふたりの共通点をあぶり出す。ふたりの距離は一挙に縮まるのだ。

音楽ほど感性に直接訴えるものはないし、歌には直接的な喚起力がある。好きな音楽に満たされる時間は自分が最も自分らしく感じられるときだ。音楽は他人が作ったものだとしても、それに対するセンシビリティーを持っているのは自分なのだ。また自分だけのプレイリストを作ることはDJ的、REMIX的な創造行為であることは言うまでもない。何よりも音楽という形式はコンパクトで、コントロールしやすい。小説や映画をクリックホイールでコントロールするなんて、あまり想像できないだろう。

著者は、アイデンティティーを賭した戦いだとか、エロティックな行為だとか、さんざん煽っておきながら、最終的にライブラリーの交換がもたらすものは「一種の学びの機会」なのだと謙虚に言っている。それは他者によって自分の身の程を知ったり、自分を修正する機会なのだ。それはiPodの社会的な機能と言えるだろうが、これはアメリカだから言えることかもしれない。日本でiPodはこの国のマニュアル化されたコンビニエンスなシステムと安易にシンクロしているように見える。

とはいえ、音楽によるコミュニケーションの可能性は確実に開かれている。すべては「使いこなし」にかかっているのだ。私はiTunesの見せっこはしたことがないが、よくメールにyoutubeの動画のURLを貼り付けて話のネタにする。そうすると意思疎通がスムーズになる。本当のことを言えば、プレイリストを見ただけで、相手がどんな人間なのかわかるはずがない。音楽的な共感は重要なインスピレーションになるが、言葉の介在も不可欠なのだ。音楽の素晴らしいところは、共感と言葉の双方の回路によって、その相乗効果によって繋がりあえることだろう。
(続く)


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