2008年10月28日

アニメ版「巌窟王」(1)

巌窟王 第1巻「フランス文学」を扱う講義は近年、学生に人気がなくなってしまった。私たちの世代にはまだ特別な響きがあったが、今の学生たちにとっては憧れもないし、何よりもとっかかりがないようだ。「教養が必要だ」と言ってもあまり通じない。もっとも教養なんて特定の時代の約束事にすぎないのかもしれない。もはや文学愛好者も「特殊なテーマでハイになれるオタクな人々」というわけだ。そして去年(2007年)は、文芸書が全く売れず、年間ベストセラーのベスト3はすべて「ケータイ小説」で、出版業界に大きな衝撃を与えた。

「とっかかりがない」と書いたが、フランス文学の一部の作品、とりわけ小説は、これまでとは全く違う形で通俗化し、流通している。「通俗化」という言い方自体が、19世紀的な価値体系によって編まれた文学史の位置づけから離れ、本来の特別な価値が毀損されているという差別的なニュアンスがあるのだが、例えば、ミュージカルになったり、アニメ化されたり、新たな形式を与えられて生き続けている。

ところで、19世紀の大作「レ・ミゼラブル」と双璧をなす「モンテクリスト伯」が数年前にアニメ化された。「青の6号」の前田真宏によって「巌窟王」として甦った。前田真宏は「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟に見込まれ、ハリウッドより「アニマトリックス」の監督に抜擢された経歴を持つ。類い稀なビジュアルセンスは世界から賞賛され、いま最も注目される監督のひとりだ。

「巌窟王」は、黒岩涙香が「万朝報」という新聞に翻訳を連載(明治34年3月18日〜翌年6月14日)したときにつけたタイトルである。涙香訳「巌窟王」では、エドモン・ダンテスは団友太郎、ファリア神父は法師梁谷と変えられている。アニメ版は涙香のタイトルを使っているわけだが、漢字のグラフィックなインパクトを考慮してのことだろう。

アニメ版の舞台はナポレオンの時代ではなく、未来のパリに設定されている。すでに人類は月に住み、移動手段にはロケットが使われ、戦争ではモビールスーツが活躍する。これまでの「モンテクリスト伯」のリメイク作品は原作に忠実に、復讐を誓うモンテクリスト伯の一代記として描かれてきたが(ドパルデュー主演の映画「モンテクリスト伯」が参考になる)、この作品では復讐の犠牲となるひとりの少年の目線から物語が再構築されている。退屈なくらい平和で恵まれた世界に生きていた少年が、伯爵の復讐によって、それが大人たちの暗い過去に支えられていることを知る、といった具合だ。ジャンル的にはパンクオペラと銘打ってあるが、主人公たちの大仰な台詞と身振りのマニエリズム、そしてゴシックで耽美的な演出が目を惹く。音楽はストラングラーズのジャンジャック・バーネルが担当。ストラングラーズと言えば、イギリスのパンクバンドだが、オープニング曲はプログレ風のバラードで、メロトロンが効果的に使われている。

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)だいたいアホな人間が下手に復讐を企てると返り討ちに合うのが関の山だ。敵は将軍、主席検事、銀行家と、政治的にも経済的にも成功している人間たちだ。そういう相手に対して復讐の計画を完全犯罪の形で遂行することは至難の業だ。エドモン・ダンテスは航海士として一流で、長い航海によって鍛え上げられた強靭な肉体の持ち主だったが、身分が高かったわけでもないし、航海術以外の専門的な知識はなかった。しかし、ダンテスはイフの監獄の中で博識のファリア神父に最高の個人授業を受けたのだ。彼はモンテクリスト島に眠る財宝だけでなく、5つの言語とあらゆる分野の知識を余すところなく伝授された。ダンテスとファリア神父の交流の詳細は原作にしかなく、映画やアニメでは味わえない部分である。

つまり原作のモンテクリスト伯の超人的な能力はもともと彼に備わっていたわけではなく、復讐という強固な動機に支えられた自らの努力によってゼロから身に着けた能力だ。船乗りが貴族を名乗り、階級を超えて成り上がる。また変幻自在に人格を変えながら敵に接近する。それが元囚人のジャン・バルジャンとともに19世紀の近代的な人間像を体現しているのである。

アニメ版といえば、ファリア神父は出てこないし、またモンテクリスト伯の過去は曖昧なままで、最初から超人として現れ、超人ゆえの孤独と苦悩が描かれる。さらにはダンテスとモンテクリスト伯の関係が微妙なのだが、これはストーリーの核心部分なので見る人の判断に任せたい。(続く)


巌窟王 第1巻
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5 大デュマの『モンテ・クリスト伯』を
モチーフにした名作
4 斬新です
5 画期的アニメ
5 世界で一番有名な、
哀しくも美しい復讐鬼の物語
5 ゾクリとする程の美しさ。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 21:14| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ+アニメ+BD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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