2008年09月10日

TGV TRAIN A GRANDE VITESSE

パリから北に A1 号線という高速道路が走っている。それと併走するようにそばをTGVの線路が伸びている。ロンドンやブリュッセルに向かう列車が高速道路を走るクルマを軽々と抜き去る。この光景は偶然に生まれたのではなく、TGV のスピードをクルマのドライバーに印象づけ、鉄道の利用を促すためにわざと併走させるようにルートを設定したということだ。



しかし、TGV はクルマより早いどころではない。TGV はいまだ速度への挑戦に飽くことがなく、世界の高速列車の王者(非浮上式部門)として君臨し続けている。去年の4月に公式走行試験で574.8km/hを樹立し、自己記録を更新した。その映像も圧倒的。徐々に加速し、最後は弾丸のようだ。

TGV 574 km/h 3 avril 2007

バカンスのたびに TGV に乗ってあちこち出掛けたお気楽な時代が夢のようだが、高速の車窓の風景も意外と見飽きないものだ。スピードが速すぎると窓から見える風景はまるで溶けていくように非人間化していく。さらに飛行機が移動する空間は人間が生きられない世界だ。飛行機の速度からも、窓から見える風景からも断絶したまま運ばれていくタイムマシーンのような体験だ。速度があるレベルを超えた時点で、それは宇宙的な風景に変わる。

ケミカル・ブラザース Chemical Brothers の「スター・ギター」の VC を MTV で初めて見たとき、静かな衝撃を受けた。見覚えのある風景だと思ったら、TGV の車窓からの風景だった。ただ流れる風景を映しているだけなのに、奇妙に引き込まれるのだ。速度が風景をスペイシーな質感に変える。工業地帯に立ち並ぶ宇宙船のような建築物。だから「スター・ギター」なのだ。TGV に乗るときは、この曲を ipod に入れて行こう。

Chemical Brothers - Star Guitar

このミュージック・ビデオを撮ったのは、マイケル・ゴンドリー Michael Gondry。ヴェルサイユ生まれで、グローバルに活躍するフランス人のひとりだ。フランス語だとマイケルはミシェルになる。ビヨークの "" を初めとした、ミュージック・ビデオの作品で知られているが(フィルム製作者としての最初の仕事はフランスのロックバンドOui Oui)、一方で、映画監督として「恋愛睡眠のすすめ」(exquise さんがすでに紹介してくれている)なども撮っている。とりわけ今年はレオス・カラックス監督らとオムニバス映画「TOKYO!」に参加し、カンヌ映画祭でも注目されている。また彼は "bullet time" という技術のパイオニアで、それが「マトリックス」の弾丸を仰け反って避ける有名なシーンに採用された。つまりは速度を操る魔術師というわけだ。

Matrix - bullet time

STAR GUITAR のメイキング・ビデオも面白い。こんなふうにシミュレーションを重ねて、計算し尽くされたものなんだなあ、と素人は素直に驚いてしまう。このビデオは、よくあるように、メンバーが登場して楽器を弾いているわけでもないし、ストーリー仕立てでもないし、「スター・ギター」というタイトルとも関係がない。純粋に曲のパターンを視覚化しているだけだ。TGVの風景は何も意味していない。速度とリズムの理想的な対応物に過ぎない。意味性や参照性をそぎ落としている。ただ視覚的なものが全面化している。それゆえ、見ていると痴呆的に気持ちが良い。

Chemical Brothers - The Making Of Star Guitar Video

この「スター・ギター」を最近、大沢伸一(Mondo Grosso)がカバーした(「The One」に収録)。大沢のヴァージョンは、ギターの音を生かしたソリッドでメタリックなバージョン。これもかっこいい。マシンガンのように強迫的なギターを、悪夢のように反復するイメージとうまく共振させている。このヴィジョンも徹底的に脱意味化され、チープの極みにある。ボーカルには、以前「春の音楽」で紹介したAu revoir Simoneをフィーチャー。普段はテンションの低いシモーヌの3人の狂おしげな感じも素敵だ。

Shinichi Osawa - Star Guitar

世界の車窓から」という旅行番組がある。オープニングの牧歌的なBGMが印象的だ。ドンコウ列車のゆるやかなスピードはあたりの風景を見回し、それを楽しむ余裕を与えてくれる。環境と自分のつながりを読み取っていく人間の日常的な行為に同調した時間の流れの中にある。しかしTGVは新たな感性を求める。テクノロジーがもたらす非日常的なスピードが人間的な意味や物語を引き剥がす。ゴンドリーのミュージックビデオや「マトリックス」もそれに対応した楽しみ方を求めている。これに馴染めなければ、宇宙旅行も楽しめないのだろう。


cyberbloom


posted by cyberbloom at 20:08 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | おフランス商品学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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