2008年08月06日

「千と千尋の神隠し」宮崎駿インタビュー(2)

Le Voyage De Chihiroインタビュアー:最初から舞台背景はとても「混淆的」です。千尋が両親とともにたどり着いた誰もいない街は、西洋と東洋の装飾の要素に彩られた、西部劇の通りを思わせます。
宮崎駿:あなたの言う「混ざり合った」建築様式は私にとっては全く自然なものです。日本が1868年に外国に対して門戸を開き、それ以来あらゆる種類の様式が日常生活において混ざり合ったことを忘れてはいけません。私はその傾向を写し取っただけなのです。

■フランス人から見ると、千尋一家が迷い込んだ街(右、写真の背景)は一体どうやって構想されたのか不思議に思えるようだ。人間は訳のわからないものを理解しようとするときに、何か知っているものを手がかりにするわけだが、あの街から「西部劇」を連想するなんて私たちにとっては意外。砂ぼこりが舞い、ガンマンが早撃ちの決闘をするストリートのことだろう。確かに両側に屋台やお店が立ち並ぶ通りは地面がむき出しになっている。千尋の父親がバブルが弾けて破産したテーマパークなんだろうと言っているが、混ざり合った様式に関して、確かに私たちは違和感がない。日常生活そのものが世界文化のミクスチャーであり、テーマパーク的なものも日常的に氾濫している。
■混淆的な風景といえば、水の上を走る電車に乗って、千尋がカオナシと一緒に銭婆のところに向かうシーンは何ともノスタルジックである。あの風景も西洋的であり、かつレトロな日本の光景でもある。ベルギーのシュルレアリスト、ポール・デルヴォーの絵を想起させたりもする。ヨーロッパの観客もこの映画に全くのエキゾチズムを感じているのではなく、何らかの自分の文化の要素を見出すことができるのだろう。この映画が世界的にウケたのはこの混淆性にあるのかもしれない。

インタビュアー:千尋をとりまく神々は様々な起源を持ちます。ヨーロッパでは知られていない多くの神々がいて、オシラ様(大根の神様)やオトリ様(ヒヨコの神様)のように、その中のいくつかは日本でも稀なものです。想像上の動物たちや、とても汚いが金を呑みこんでいる川の神のような、自然に遍在する神々。それらの重要性は何なのでしょうか。
宮崎駿:私たちにとってそれらは神々というよりはむしろ霊です。原則として霊には形がありませんが、私は映画のためにそれらに形を与えなければならなかったのです。どんな物体でも、この机もそうですが、霊でありえるのです。それらに形と命を与えれば十分でした。実際、日本には霊の神話があります。川の神は別の形、龍の形をとって存在しています。しかし、私はそれを泥だらけで汚い形のないものに変えました。それをお風呂に入れて、洗うためです!私はそのことが川の神にある重要性を与えたと思っています。自然信仰は今も日本に息づいています。特に田舎では。確かに仏教や神道やキリスト教の大きな影響はあるでしょうが、深いところで、自然信仰は相変わらず盛んです。しかしながら、戦後以来、日本人は自然の大半を破壊してきました。またアジアのいくつかの森が日本の過ちによって破壊されたことも知られています。それは飽くなき経済的欲求のためです。それゆえ日本人はそのことに罪悪感を覚え、自然の霊への回帰はそのぶんだけ強くなっているのです。

■確かに日本で「オシラ様」や「オトリ様」はあまり知られていない。梅原猛の著作で「オシラ様」のことを読んだ記憶がある(縄文系、山岳系の神様だったか?) 。河川の汚染を象徴するドロドロの川の神も出てくる。しかし、自然のタブーを今の世に復活させることは不可能だろう。かつて自然はタブーに満ちていた。森を切り開けば、たたりがあった。確かにそういうたたりの話は未だに生きている。しかし、私たちの生活を本質的に規定しているわけではない。私たちは当然のこととして近代的な合理主義を受け入れている。
■「アジアのいくつかの森が日本の過ちによって破壊された」というのは、戦後、経済成長を遂げた日本が、戦争に対する謝罪パフォーマンスとして ODA (政府開発援助)をバラまいて、発電所や港湾施設を作り、それが結果的にアジアの自然破壊をもたらし、現地の人々を追い立てることになった。援助といいながら、実は日本企業に莫大な利益を還流させたにすぎなかったのである。
■宮崎の言う自然とは、戦後の急速な近代化によって失われていった日本の自然である。具体的に言えば、高度成長と団地化によって日本の森が切り開かれていったのである。そういう都市化・団地化のテーマは高畑勲が「平成狸合戦」で扱っている。宮崎の自然とは彼の世代の古き良き日本の記憶にすぎない。世代的な自意識である。私は田舎育ちで、辛うじて真っ暗な森の闇を知っている世代だが、自然の記憶のない(自然のない自然を生きてきた)世代は「自然を破壊したことの罪悪感」と言われても全くピンと来ないだろう(続きはこちら)。

※写真は「千と千尋の神隠し」のフランス版DVD。フランス語タイトルは LE VOYAGE DE CHIHIRO で、「千尋の旅」の意味。ちなみに英語は、SPIRITED AWAY。英語の方が「神隠し」のニュアンスを伝えている。

「千と千尋の神隠し-宮崎駿インタビュー」(3)

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posted by cyberbloom at 22:22 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎駿 Studio Ghibli | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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