2008年07月17日

マルタン・ラプノー――「シャンソン」でも「フレンチ」でもない「グッドミュージック」

La Moitie Des Choses 日本にはフランスのポピュラーミュージックについていくつかの固定的なイメージが存在する。まず昔ながらの「シャンソン」のイメージ、ついで60年代から70年代前半にかけてよく聞かれたいわゆる「フレンチポップス」のイメージ、さらにはジャズ趣味やボサノバ趣味などと結びついた「おしゃれ」で「ハイセンス」な音楽のイメージなどである。「フレンチ」という語が音楽を形容するために使われるとき、それはたんに「フランス産」ということを示すにとどまらず、上記イメージと結びついた音楽的意匠を指す場合が多い。だが、これらのイメージはフランスの現実の音楽状況とはあまり関係がない。フランスではもっともっと多種多様な音楽が生み出され、また聴かれている。その中にはきわめて良質なものもある。だが、日本で紹介されるフランスの音楽は、上記のイメージに沿ったものにかたよる傾向があり、いくら良質でもこのイメージのフィルターに引っかからない音楽はなかなか日本に入ってこない。これは本当にオシイ。そういうオシイ音楽の一例が、今からお話しするマルタン・ラプノー。

 ビートルズとスティーヴィー・ワンダーにとりわけ大きな影響を受けたというマルタン・ラプノー(Martin Rappeneau 1976年生。ちなみに父親は映画監督ジャン=ポール・ラプノー)は、大学を出たあとひとりで音楽活動をしていたが、ある日偶然カフェのテラス席でサンクレール(Sinclair)を見かけ、声をかける。この、フレンチファンクの若きスターは、興奮状態で話しかけてきた見知らぬ若者に優しく接し、昼食に誘う。そのとき渡されたデモテープを聴いた彼はすぐにそれを気に入る。翌日彼はラプノーに電話をかけ、ふたりは親交を結ぶことになる...。この出会いがラプノーにとってミュージシャンとしての転機であったことはいうまでもない。2003年、彼はサンクレールとの共同プロデュースによるファーストアルバム La moitié des choses を発表する。初々しさと洗練、躍動感と静謐が絶妙に共存した、名曲揃いの佳作である。

 彼はまず自己表現ありき、といったタイプのアーチストではない。むしろ幅広い音楽体験を出発点に自らの音楽を知的かつ批評的に形成していくタイプの人だと思う(そのへんはサンクレールとも共通している)。一聴してわかることだが、彼はミシェル・ベルジェ(Michel Berger)とエルトン・ジョンに非常に多くのものを負っている。ゴリッとした感じの力強いピアノの響き、軽快に動き回るストリングス、甘いけれど芯のある高めの歌声はふたりの偉大な先達の若い頃の作品を思わせるし、メロディセンスも彼らとどこか似かよっている。もちろん彼が影響を受けたのはこのふたりだけではない。彼の曲のひとつひとつには、ほかにもいろんなアーティストの音楽の残響が聞き取れる。彼が影響を受けたと名指すミュージシャンやグループの名をいくつか挙げておこう。プリンス、ホール&オーツ、スティーリー・ダン、ジャクソン・ブラウン、アンドリュー・ゴールド、ジェームス・テイラー、クリストファー・クロス、マイケル・マクドナルド...。アメリカ人ばかりずらりと並んだが、私の感じたところではこのほかにザ・スタイル・カウンシルを初めとする80年代イギリスのブルー・アイド・ソウルにもかなり影響を受けていそうである。

 このアルバムの発表後、彼はルイ・シェディド(Louis Chédid あのMくん[Mathieu Chédid]のお父さん)、ガッド・エルマレ(Gad Elmaleh)などのステージのオープニング・アクトをつとめると同時に、自身のライブ活動も精力的にこなす。2006年にはセカンドアルバム L'âge d'or を発表。エルヴィス・コステロやマッドネスなどのプロデュースで知られるクライヴ・ランガー&アラン・ウィンスタンレーをプロデューサーに迎えイギリスで制作されたこのアルバムは、曲によってはブラス・セクションや女性コーラスをフィーチャーするなど音に厚みが増し、ゴージャスな造りになった。だが、アルバム全体の雰囲気に変化はさほど見られず、またソングライティング能力の高さは相変わらずで、前作と同様、珠玉の名曲がならんだチャーミングな傑作に仕上がっている。

 公式ホームページの質問コーナーで、ベルジェとの類似を指摘するファンのコメントに対しラプノーは次のように答えている[長い話を適当に再構成してある。ご了承願いたい]。「ぼくはベルジェの足跡を一歩一歩追いかけるつもりはない。ベルジェと同じスタジオを使ったのはそれがパリにある最良のスタジオだったからだし、ベルジェと同じアレンジャー、ベルンホルクも起用したけど、ぼくが最初に彼に注目したのはジュリアン・クレールのアレンジの仕事だったんだ。レコーディングの間、ぼくたちがベルジェを意識することはほとんどなかった...。ベルジェと比べられるのは仕方ないし、うんざりするってこともないよ。彼のことは大好きだからね」。いや、彼はおそらくかなりうんざりしているはずだ。近い将来彼は、ベルジェやほかの先人の名前を引き合いに出さなくてもすむような、オンリーワンの個性を持った偉大なアーティストになれるのだろうか。それは、今後いい曲をどれだけたくさん書き続けられるかにかかっていると思う。次のアルバムが楽しみである。



■ラプノーの2枚のアルバムは今のところ国内盤はない。ヴィデオクリップはファーストアルバムの限定盤(残念ながら現在品切)に付属したDVDで2曲見ることができる。彼のほほえましい大根役者ぶりが楽しめる"Encore"のクリップがとくにおもしろい。これはYou Tubeで探せば見つかる。

■ラプノーの経歴や発言はすべて公式ホームページの記述に依拠している。
http://www.martinrappeneau.net

■ミシェル・ベルジェ(この人についてはいつか詳しく書きます)を聞いたことがない人には2枚組のベスト盤Pour Me Comprendre(仏盤)をとりあえずオススメしておく。この夭逝した才人――フランス・ギャルの夫であり音楽上のパートナーでもあった――の代表作がおおむね網羅されている。同じタイトルで一枚物および3枚組のベスト盤、さらに12枚組のコンプリートボックスがあるので購入に際してはご注意を。




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posted by cyberbloom at 22:04 | パリ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | フレンチポップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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