2009年08月04日

ゴロワーズを吸ったことがあるかい?

2008年1月1日より、フランスでは喫煙禁止令が施行された。カフェ、バー、ディスコ、レストランなどなど、室内は全て禁煙である。タバコを吸いたい人は、テラスへどうぞ、ということらしい。

あゝ、我が良き友よ(紙ジャケット仕様)
フランスというと、愛煙家が多く、カフェの中では、ゆらりゆらりとタバコの煙が漂っていたものだが、そんな空気ももはや過去のものとなってしまったのだろう。

なんといっても、この法令に違反した者には68ユーロ(約1万円)の罰金が課せられ、またオーナーが灰皿を置くなど、喫煙を誘惑するような行為を取ると750ユーロ(約12万円)もの罰金になるというのだから。

そういえば、「ムッシュ」ことかまやつひろし、かつて「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」という歌を歌っていました。やがてゴロワーズというブランドも失われてしまうのかもしれません。


キャベツ頭の男


ゴロワーズを吸ったことがあるかい ― ムッシュ・カマヤツ(かっこいいライブ映像)

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」という問いは、かつて一種の特権意識の表明だったわけだが、禁煙撲滅の流れのなかで、「ゴロワーズって昔あったけど、憶えてる?」という意味になりつつある。この歌はゴロワーズというフランスのブランドをピンポイントで指示しているわけだが、「モノに凝ることが人生の幸せにつながる」ことがだんだんとありえなくなっているように思う。「何かに凝らなくてはダメだ」と飲み会で上の世代の人から説教された覚えもあるが、それは「団塊オヤジ的な美学」と言えるかもしれない。

確かに私もそういう価値観をずっと共有してきた。文学書にしろ、レコードにしろ、服にしろ、それが大した金額でなくとも、自分の持っているありったけのお金をつぎ込む快楽。それによって自分がボトムアップされたような錯覚。そしてフランスはその重要な指標のひとつだった。フランスが即物的に人生の幸せにつながることがありえたのだ。

この美学は「消費による自己実現」と言い換えることができる。しかし、消費による自己実現が難しくなり、モノに凝ろうと思ってもできない時代は、コミュニケーションの内実を回復させていくチャンスなのだ。だってモノに凝るなんて、さびしく孤独な、単に自己満足な行為にすぎないのだから。とは言っても、今の日本ではモノに見放される恐怖ばかりにとらわれて、別の生き方の可能性に気がつくことさえ難しい。

この歌はフランスと世代的な価値観が絡み合っていて、世代間対話として良い教材だ。若い世代にはこの歌詞はどのように響くのだろうか。まず「ジャン・ギャバンって誰?」って話になるだろうが、意外にも学生たちのこの歌に対する評価も共感度も非常に高かった。私のようなバブル世代から見ると今の20代のファションは少しカジュアルに見えてしまうが、金をかければいいというバブル的発想とは全く別の形でモノへのこだわりが徹底され、洗練度も高まっている。

ところで、フランス語で歌う歌姫、カヒミ・カリイとムッシュ・カマヤツのデュエット「若草の頃」も素敵である(この曲は日本語)。ムッシュのうまい歳のとり方というか、爽やかな枯れ具合は、カヒミ・カリイのロリータ・ボイスともすっと馴染んでしまう。笑い声とともに夏の草原を疾走するような軽やかさ。ゲーンズブール・トリビュートな「彼らの存在」に収録。

A FANTASTIC MOMENT - M. Kamayatsu & Kahimi Karie


cyberbloom



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posted by cyberbloom at 20:29 | パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | おフランス商品学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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