世界の5つの都市を走るタクシードライバーをそれぞれ主人公にしたオムニバス映画、「ナイト・オン・ザ・プラネット」。そのパリ編は、パリが舞台で、フランス語を媒介にしているが、いわゆる伝統的なフランス映画として期待されるような映画ではない。非フランス人監督、ジム・ジャームッシュが撮った、パリのマイノリティーの映画である(注:これから先はネタばらしになるので、映画をご覧になてからお読みになることをお勧めします)タクシーはパリのチャイナタウン、ベルヴィルのあたりを走っていて、黒人の運転手が乗せているのは同じアフリカ出身者たちである。乗客はカメルーン大使に面会するような VIP だと自慢し、運転手を「兄弟」と呼びながらコートジボワール出身と聞いてバカにする。そのときに言うシャレが、”C’est un ivoirien ! (こいつはコートジボワール人だ!) Y voit rien ! (何も見えない!)”である(つまり「イヴォワリヤン」という音が重なるわけだが、これを字幕で理解するのは難しい)。このシャレがストーリーに通底するテーマになっており、最後のオチにもつながっている。
「兄弟たち」は自分の出自に誇りと劣等感がないまぜになったアンビヴァレントな感情を抱いている。同じアフリカ出身でも出身や立場で多様なアイデンティティーが構成されているのがわかる。ブチ切れた運転手は騒々しい「兄弟たち」をタクシーから追い出したあと、「あの客は面倒がなさそうだ」と言って、盲目の女を乗せる。ここで生じている関係を図式的に表すならば、「移民/健常者/男」「フランス人/障害者/女」となる。この複雑なアイデンティティーの絡み合いが、20分足らずの物語に奥行きを与えている。
ところで「コートジヴォワール人は目が見えない」というシャレは「見ているけれど見えていない」ということを示唆している。運転手は彼女の日常生活について「知らないから聞いているんだ」と真摯な態度で接してはいるが、彼女の方は障害者にぶつけられる偏見に満ちた質問にいらだっている。自分が感じ、考えているのと同じように、相手も感じ、考えているだろう。運転手の語りかけは常に健常者からの視点から出ており、同時にそれが保証される返答を期待している。つまりは障害者は哀れみを受ける対象だという前提に立ち、さらに悪いことは、それが善意の証だと思っていることだ。おそらく運転手も移民として、同じような立場に立たされたことがあるはずだ。しかし、そういう自分が「見えない」のだ。
しかし、彼女の答えは運転手の期待を裏切るものばかりで、ふたりのあいだにはコミュニケーション不全が起き、それが独特の緊張感とユーモアを醸し出している。彼女は哀れみや施しを受けることを断固拒否し、目が見えない代わりに別の能力を発達させてしたたかに生きている。そして運転手の方も、何度も拒絶され、傷つくことで、ようやく他者の輪郭を掴み始めるのだ。
同作品の NY 編も興味深い。マイホームのあるダウンタウンに帰ろうとしてタクシーを拾おうとするが、ことごとく乗車拒否される黒人の男、ヨーヨー。乗車拒否の理由は、行き先が黒人の多く住むブルックリンだからだ。ようやく捕まえたタクシーは旧東ドイツのドレスデンからニューヨークに着たばかりのヘルムートが運転している。ヘルムートの英語はタクシーの運転と同様におぼつかなく、すぐにドイツ語が混ざってしまう。またヨーヨーが連発する、cool、fresh などの今風の言い方を理解できないでいる。ドイツ語/英語/黒人の話すスラングという多言語的状況が引き起こすディスコミュニケーションが微笑ましい。
「パリ編」で話されるフランス語は美しくないかもしれないが、フランス語が話される場のリアリティーを生々しく感じさせてくれる。それは教科書による文法の学習の延長線上にイメージされる透明な道具という言語観からは決して見えてこないものだ。よくフランス語は美しい言語と言われるが、そもそも、ある言語を美しいと言うことほどいかがわしいことはない。言葉はそれを使う様々な人々の手垢にまみれ、変質していく。また言葉が感度を高め、しなやかさを増していくのは、様々なディスコミュニケーションを契機にしていることを忘れてはいけない。
ウィノナ・ライダーが粋なお姉ちゃんを演じるロサンゼルス編、ロベルト・ベニーニが下ネタを炸裂させるローマ編も面白い。バックに流れる音楽は、同じモチーフを使いながら、NY 編はジャズ風、パリ編はミュゼット風、LA 編はヘヴィーメタル風にアレンジされている。
ナイト・オン・ザ・プラネット
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2006/07/21
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