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このようにして1955年以来三朝は「キュリー祭 Festival - Marie Curie 」を開催している。8月7日、日曜日に行われたこのイベントのおかげで、フランスとの関係をさらに深めることができた。1990年には Lamalou-les-Bains (Herault県)と姉妹都市になり、毎回キュリー祭にフランス代表を迎えるほどになった。今年は大使館のビジネス担当のフランソワ・グザヴィエ・レジェだった。伝統はそういうことを望むものだが、キュリー祭はポーランド出身のフランス人科学者に対する敬意を表す祝いと儀式の機会である。儀式は川のほとりに建てられた像の足元に花束を置くことから始まり、祭式の様相を伴った祝賀がそれに続く。
ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディ、破局か? ■破局がうわさされていたジョニー・デップとヴァネッサ・パラディが、すでに別れたようだとピープル誌が報じている。ヴァネッサとジョニーには12歳と9歳になる子どもがいるが、ジョニーが映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで爆発的人気を得たことが、二人の仲に緊張をも たらしてしまったと同誌は報道。「ヴァネッサは新作アルバムを出すのに7年も待ち、映画と映画の間も数年空けていました。その間、ジョニーはジャック・ス パロウ船長として一世を風靡したんです」と、ある関係者は説明している。 ■二人が最後にレッドカーペットを歩いたのは2010年 のカンヌ国際映画祭で、先日パリで行われた映画『ザ・ラム・ダイアリー(原題)/ The Rum Diary』のプレミアにヴァネッサの姿はなかった。「あの晩、彼女はコンサートに行っていました。同じ街にいて、夫がプロデュースして主演した映画のプ レミアに出席しないというのは、どういう状態かは明らかですよね」と、ある関係者はコメントしている。 (1月19日、シネマトゥデイ) ★重要な仏ネタがまたひとつなくなってしまう。ジョニデとの破局が噂される中、ヴァネッサ・パラディの主演作 'Cafe de Flore'(カナダ・ケベック映画)がフランスで水曜から公開。ショートヘアで「母は強し」という役のようだ。trailer:http://bit.ly/zYGYDd
Youtube で音楽サーフィンをやっていると、ときどき思いがけないものに出会う。Nouvelle Vague もそのひとつだ。とりわけ、Joy Division / Love Will Tear Us Apart やエコバニの The killing Moon のボサノバ・カバーの新鮮さに絶句した。目下のお気に入りは、The Lords Of The New Church / Dance With Me のカバー。原曲は80年代初めの、今聴くと微笑ましいくらいベタなニューウェーブだが、メラニー・パン Mélanie Pain のキュートなボーカルがメロディの良さを引き立たせる。同時に ’Show me secret sins ♪ Love can be like bondage ♪ ’ なんて80年代独特の歌詞のトンガリ具合とのミスマッチも面白い。
「ヌヴェル・ヴァーグ」はフランスのマルチな楽器奏者でありプロデューサーの、マーク・コリンズ Marc Collin とオリビエ・リボー Olivier Libaux が率いるフレンチ・エレクトロニカのプロジェクト。その名は英語で「ニューウェーブ New Wave 」、ポルトガル語では「ボサノヴァ bossa nova 」になる。ジャンリュック・ゴダールに象徴される60年代の「ヌヴェル・ヴァーグ」のフランスらしさと芸術性、そして彼らがカバーしている70年代半ばから80年代の初めにかけてのパンクやポストパンク、あるいは「ニューウェーブ」のイギリス的陰鬱さと美意識、そして曲に施されている60年代ブラジルの「ボサノバ」スタイルの軽やかなアレンジ。これらの相反する3つの軸が見事に共振している。
このプロジェクトには多くのフランスのアーティストたちが参加している。その一部は"Renouveau de la chanson Française"(フランスのシャンソンの復活)と呼ばれているらしい。例えば2010年に出たアルバムには、マレーヴァ・ガランテール Mareva Galanter、カミーユ・ダルメ Camille Dalmais、先のメラニー・パンなどが参加している。
「ヌヴェル・ヴァーグ」は2004年から始動しているが、すでに関連アルバムは10枚近く出ている。これまでアルバムが世界で8万枚売れ、コンサートの多くはソールドアウト。バリバリの80年世代ならアルバムの曲のリストを見ているだけでも楽しめるだろう。オシャレかつ洗練された深みを持つ曲ばかりが揃う。ヨーロッパでCMや映画やドラマの挿入曲としてひっぱりだこなのもうなづける。中でもニューウェーブの金字塔とも言える Bauhaus / Bela Lugosi's Dead のカバー(この曲に関してはゴシック色が残っている)が2007年の映画『エルビスとアナベル』の始まりに使われた。
■La Colline aux Coquelicots =「コクリコ坂から」が今日16日から仏で上映。コクリコも仏語でヒナゲシのことだし、「カルチエラタン」も出てくる。しかし、La Colline aux Coquelicots って何だかアグネス・チャンのイメージだな(笑)。「ゲド戦記」のときように評価は真っ二つに割れるのだろうか。http://bit.ly/ywfHFd □FBN関連記事:CAHIERS DU CINEMA 宮崎吾朗インタビュー:「ゲド戦記」の直後、カイエ・デュ・シネマでインタビューが掲載。http://bit.ly/eFjv49
これらの韓国のポップカルチャーの成功は、自国の娯楽産業をプロモートするための韓国の断行的な政策によって説明される。1997年のアジア危機のあとキム・デジュン大統領によって始められ、最初は映画に集中していたが、今は SM エンターテイメントのような企業に受け継がれている。非常にプロフェッショナルな仕事によって、彼らは製品の品質に配慮しつつ、それらを狙った市場に適応させる。韓国政府は2013年までそれらの輸出をサポートすることにしているが、2010年には約2億ユーロを支出している。この戦略は結果を出している。なぜなら2005年には韓国の娯楽作品の輸出が日本のそれを越えたからだ。日本や中国の他でも、韓流はアジアのほとんどの市場で地位を確立しており、南アメリカでもファンを見つけ、ヨーロッパにも進出している。
Nationalisme et télévision au Japon Le Monde 02.09.11 Philippe Mesmer
以上が後半部の訳である。
日本のテレビの番組表の空白を韓流が埋めたという話は、国営テレビが民営化された直後のフランスの状況と似ている。TF1が民営化によって生まれた番組表の空白を埋めるために安くて品揃えが豊富な日本のアニメを使い、それがフランスの子供たちの心をまたたくまに捉え、爆発的なアニメ普及につながった。もちろん、日本は今の韓国のように戦略的にアニメを輸出したわけではない。日本のアニメはあくまで国内市場向けで、それが外国で売れる輸出品になろうとは想像もしなかった。それに気がつき、COOL JAPAN を世界に売り込もうと画策を始めたのはずっとあとになってからである。
■定年退職前の厳しくも優しいロペス先生のもとで、勉強したり遊んだりする13人の子供たちの姿を追った、心温まるドキュメンタリー映画。Etre et Avoir―タイトルにもなっているこの二つの動詞から見ても、フランス人にとってのフランス語の始まりも、日本人がフランス語を始めるときと全く同じなんだな、と分かります。フランス語をやっている人なら、まるで自分も小学生になったような気分になり、子供たちと一緒に「うぃぃ〜!」「ぼんじゅ〜る、むっしゅ〜」と言ってしまいそう。