2009年11月09日

『高学歴ワーキングプア「フリーター生産工場」としての大学院』

高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)先日『高学歴ワーキングプア「フリーター生産工場」としての大学院』の著者、水月昭道氏の講演会「奨学金問題と高学歴ワーキングプア」を聞く機会に恵まれた。

水月氏は、日本の大学の授業料が現在とてつもなく高くなっているため大学で学ぶのに利子つき奨学金を借り入れなくてはならず、しかも卒業したら仕事があろうがなかろうが返済を始めるのが当たり前という今の制度が、まったく世界基準から外れているということを様々なデーターを用いて述べた。

例えばヨーロッパ諸国は授業料がおおむね無償であり、授業料の高いアメリカでも、悪名高い学生ローンが存在する一方で、返還義務のない給付奨学金も充実していることはあまり知られていない。

実は「国際人権規約」(1966年、国連総会で採択・日本は1979年に加盟)の条項には「高等教育の漸次的な無償化」(13条2項c)というものがあるが、これを承認していないのは、条約加盟国157カ国中、日本、ルワンダ、マダガスカルの3カ国のみである。OEDC加盟先進国30カ国中、半数の大学が無料であるにもかかわらず、である。このように日本政府は高額な授業料と公的な給付奨学金制度の不在という例外的な状態を放置しているのだ。日本学生支援機構の「奨学金」はただのローンにすぎないということを認識していない借り手=学生さんは多いのではないだろうか。

そもそも、新卒が即、正社員になれた一昔前の日本とは状況が一変した経済状況で、連帯保証人を取って立場の弱い未成年に貸し付け、卒業したら強制的に取り立て、さらには払えなかったらブラックリスト化するなんて、ほとんど詐欺と言っても過言ではあるまい。

まさに今週末歴史的な選挙が行われるが、民主党も大学の奨学金を大幅に拡充することをマニフェストに掲げている。自民党政権において長年放置されてきた大学の授業料と奨学金の問題は、選挙の重要な争点になりうるのであり、日本の将来を左右するイシューなのである。

講演会では、いかにこの状況を打破するかという処方箋も盛り込まれており、大変有意義なものであった。

ところで2007年に出版された『「フリーター生産工場」としての大学院』という少々刺激的な副題を持つ著書は、巷で問題になっている「派遣切り」の問題が、大学内部の問題と地続きであることを始めて可視化した貴重な著作として10万部近くを売り上げた。経済誌などでも大きく取り上げられていたが、当の大学人からの関心はあまり高くないように思われる。

まあ、大学内部の力関係からすると、立場の弱い当事者たちがなかなか声をあげられないのは仕方がないことかもしれない。しかし、超格差社会である大学の世代間の問題(一部の上の世代が下の世代から吸い上げている逆ピラミッド構造)は、まさに日本の大学の存在意義を問うており、対処の仕方次第では、日本の大学という共同体が崩壊し、ぺんぺん草も生えない事態になることに、大学の関係者たちはもっと意識的になってもいいのではないだろうか。

水月氏は40代である。大学院という「市場」でも食い物にされている「氷河期世代」が青息吐息なので、まだ余力のある40代世代が自分たちの真下の世代の代弁をすることは、この世代の使命なのかもしれない。自分もこの世代に属しているのだが、実はこのように振舞うことは単なるきれいごとではなく、「逃げ切れない世代」である故の危機感を持っていれば、リーズナブルな行動と言える。

しかしながら、水月氏のエライところは、率先して『高学歴ワーキングプア「フリーター生産工場」としての大学院』という、自分のキャリアにとってかなりリスキーな著書を、「あまりにも元気のない後輩の院生たちの力になりたい」という動機から出したことなのである。彼を駆り立てるものは「愛」なのだ。彼は僧侶でもあり、福祉の仕事にも携わっている。これからの時代のキーワードはもはや「競争」ではなく「共生」であることに、時代の先端を行く人々は気づき始めている。

さて、水月氏の待望のシリーズ第二弾が近々出版されることになった。

□『アカデミア・サバイバル』〜「高学歴ワーキングプア」から抜け出す〜
(9月10日発売予定、定価777円)

★話題作『高学歴ワーキングプア』から2年、待望の第2弾は、大学における「究極の就職術」だ。アカデミアに残りたい人は必ず読むべし。(中央公論新社HPより)

「セブン アンド ワイ」 および 「全国書店ネットワーク e-hon」での予約割り当て分はすでに完売(!)で、早めに入手するには、もう「アマゾン」での予約をチェックするしかないようだ。

水月氏が日本の大学の閉塞状況にどのような処方箋を提出してくれるのか、今から楽しみだ。

水月昭道氏のブログ「博士の道しるべ」


★このエントリーは09年8月25日に main blog に掲載。




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2009年11月08日

週刊フランス情報 2 - 8 NOVEMBRE

人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳
■20世紀を代表するフランスの文化人類学者・思想家で、西洋中心型の近代的思考法を内側から批判する「構造主義」を発展させ、「悲しき熱帯」「野生の思考」などの著作で知られるクロード・レビストロース氏が10月30日死去した。100歳だった。家族に近い筋が3日、AFP通信に語った。
■ブリュッセルでユダヤ系フランス人の画家の家に生まれ、パリ大学で法学と哲学を学んだ。1935〜39年サンパウロ大学に赴任し、ブラジルの先住民社会に関する民俗学的調査に没頭。41年、ドイツ占領下のフランスを逃れて渡米、構造主義の言語学者ヤコブソンと知り合い、影響を受けた。
■ソシュール、ヤコブソンらの構造言語学の方法を文化人類学に導入、構造人類学を構築し、ブラジル滞在中の体験を盛り込んだ名著「悲しき熱帯」(55年)で脚光を浴びた。
■59年高等教育機関コレージュ・ド・フランスの社会人類学講座の初代教授となり、「野生の思考」(62年)を発表。この中で「未開」とみなされた社会の根底に独自の「構造的」知が潜んでいることを明らかにし、西欧中心型の思考体系に根本的反省を促した。
■レビストロース氏の思想は、人類学の域を超えて人文社会科学全般に影響を及ぼし、「構造主義の父」と呼ばれた。実存主義をとなえた哲学者ジャンポール・サルトルとの論戦でも知られた。 
(11月4日、時事通信)
★レヴィストロースは長寿の家系のようで両親ともに100歳以上生きたようだ。最近注目されていた著作は、文化人類学者、今福龍太との共著『サンパウロへのサウダージ』 Saudades do Brasil, Paris, Plon, 1994.、中沢新一が訳した『パロール・ドネ』Paroles données, Paris, Plon, 1984.というコレージュ・ド・フランスなどでの講義録。来月、完結する予定の『神話論理』Mythologiques, t. I - t. IV, Paris, Plon, 1964-1971 (みすず書房、全5冊)。
★ブログで取り上げたレヴィストロースの直近のニュースと言えば、2006年に開館した「ケ・ブランリー美術館」のオープンニング・セレモニーにも出席したこと。この美術館には「文化人類学的アプローチだけではなく、多様な現代の視点があっていい。コンテンポラリーアートやデザインソースとして若いアーティストを触発するだろう」とインタビューで発言していた。


パロール・ドネ (講談社選書メチエ)サンパウロへのサウダージ裸の人 1 (神話論理 4-1)

黒人女性が初めてゴンクール賞を受賞、フランス人の反応は?
Trois femmes puissantes■2日、フランスで最も権威のある文学賞の一つであるゴンクール賞に、マリー・ヌディアイさんの小説『トロワ・ファム・ピュイサント(3人の強い女)』が選ばれた。ヌディアイさんは、セネガル人の父とフランス人の母をもつ黒人女性。黒人女性がこの賞を受賞するのは初めてのため、フランス国内で話題になっている。
■小説は、セネガルと旧宗主国のフランスに生きる3人の女性の人生を描き、同小説は今年8月に発売。その後、10回再版されており売上部数14万部と好調に売上を伸ばしている。
■フランスの一般紙、Le Figaroのウェブサイトでもこのニュースが取り上げられ「これまで女性の受賞者が少なかったため、多少有利だったかもしれない」と記されている。
■この記事には多くのコメントが寄せられているが、そのほとんどが作者が黒人女性であることに関連している。そのため「今回の受賞は本の内容よりも、作者に注目が集まっている。ゴンクール賞の本来の姿ではないのでは」と指摘するコメントが見られる。
■小説の内容に対するコメントとしては「繊細な描写で表現されており、受賞に十分値する一冊だと思う」とその内容を評価する声が見られる。
★フランスの文学賞のゴンクール賞にセネガル系フランス人の作家マリー・ンディアイ Marie NDiaye, の「トロワ・ファム・ピュイサント Trois femmes puissantes 」が選ばれた。受賞作は、アフリカと旧宗主国の困難な関係を二つの大陸にまたがって生きる女性たちの姿を通して描いた。ンディアイさんは母がフランス人、父がセネガル人。17歳で作家になり、脚本家としても活躍している。
★最も有名なゴンクール賞受賞者と言えば、1919年のマルセル・プルースト Marcel Proust だろうか。選者にはミシェル・トゥルニエやベン・ジェルーンなどが名を連ねている。同賞を黒人女性が受賞するのは初めてのことで、文学を巡る状況も大きく変わった。
(11月4日、サーチナ)

ヴァネッサ・パラディ、新曲入りベストをリリース!
Vanessa Paradis■日本ではレニー・クラヴィッツがプロデュースした『ビー・マイ・ベイビー』(1992年)のヒットで知られる、フランスを代表するシンガー/女優のヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis)。彼女の音楽キャリアを総括したベスト・アルバム『Best of』が発売されます。
■本ベストでは、1987年のデビュー・シングル「夢見るジョー(Joe le taxi)」から今回が初出となる新曲まで、20年以上の音楽キャリアをCD2枚で総括。全33曲入りで、「Be My Baby」などの人気曲はもちろん、これまでアルバムには収録されてこなかったコール・ポーター「I Love Paris」のカヴァーなども収録。また、ビデオ・クリップをプライベートのパートナーである俳優のジョニー・デップが手がけた「Il y a」や、ヴァネッサ自身の作曲による「Jackadi」といった新曲の収録も話題です!
■発売はフランスにて11月23日。通常盤に加え、マニア唾涎の写真などが掲載されたブックレット(64ページ)付き特殊パッケージのコレクターズ・エディションも同日リリースされます。
(11月6日、CDジャーナル)
★ベスト盤を買うよりは、写真のアルバムを買った方がいいでしょう。レニー・クラヴィツのプロデュース盤は超オススメ。

韓国映画『アバンチュールはパリで』
■韓国映画『アバンチュールはパリで』は美しい季節のフランス・パリを舞台に、ウィットに富んだ会話で恋愛における男と女の本音を描いた小粋なロマンスコメディ。“韓国のゴダール”、“エリック・ロメールの従弟”と賞賛されるホン・サンス監督最新作だ。2008年<ベルリン国際映画祭>コンペティション部門正式出品作品であり、2008年<第28回韓国映画評論家協会>最優秀作品賞、最優秀脚本賞、2008年<第17回釜日映画賞>最優秀作品賞を受賞するなど本国韓国でも注目を浴びた。出演はキム・ヨンホ、パク・ウネ、ファン・スジョン、イ・ソンギュンなど。
(11月4日、WoW!Korea)

ボージョレ・ヌーボー 成田到着 19日午前0時解禁
■フランス・ブルゴーニュ地方産ワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」の初荷が3日、成田国際空港に到着した。ルフトハンザドイツ航空の定期便で運ばれた約6400本(1本750ミリリットル入り)がこの日、通関検査を受けた。解禁は19日午前0時。
■輸入元によると、「今年は天候に恵まれ、この50年で最も素晴らしい出来。非常に力強く、厚みのある味が楽しめる」といい、価格は2300〜2800円が中心で、昨年に比べ200円ほど安いという。景気悪化やブーム沈静化により、総輸入量は昨年比3割減の約480万本になる見込み。
(11月3日、毎日新聞)

「パリに住む自転車達」−パリ在住写真家が札幌のギャラリーで個展
■札幌出身でフランス在住の写真家西窪愛子さんの作品展「パリに住む自転車達」が現在、エスキスギャラリー(札幌市中央区北1条西23、TEL 011-615-2334)で開かれている。
西窪さんは写真事務所、写真スタジオ、写真現像所などの会社に所属した後に渡仏。パリのギャラリーでパリ在住写真家らによる?グループ展に参加するなど、その後はパリを中心に活躍する写真家。2007年、出身地の札幌で「Velos(自転車)」をテーマにした個展を初めて開き、この度新しい作品とともにパリでの個展を合わせてシリーズ第5弾を発表した。
■自転車をテーマにしたきっかけについて、西窪さんは「2003年、パリで石畳に光が反射しているのを見て、何かいい絵が撮れると思いカメラを構えていた。後ろから自転車の音がしたので通り過ぎ様にカメラのシャッターを押した。その時、うまく言えないが自転車に『自由』という感じのインスピレーションを受け、自転車をテーマにした写真を撮ろうと決めた」と振り返る。今回の個展については「白黒の世界で強い光と深い闇の相対性に何かを感じていただければ」とも。
(11月5日、みんなの経済新聞ネットワーク)
http://cafe-esquisse.net/gallery/





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2009年11月07日

『ノルウェイの森』のロケを見学!(2) パリの13区

パリの13区にはヨーロッパ最大規模の中華街がある。中華街と言っても、実際には東南アジア街であり、13区に限っては、中国系よりも圧倒的に東南アジア系の移民が多い。1992年の統計では、13区のアジア系移民のうちカンボジア系が50%、ベトナム系が20%を占め、中国系は10%にも満たない。1970年代、パリの13区には都市開発によって多くのマンションが建てられたが、石油危機などの不景気もあって、当て込んでいたパリ市民には人気がなかったところに、東南アジア系の人々が代わりに住み着くようになった。トラン監督の生い立ちに関する情報はあまりないが、サイゴンが陥落したベトナム戦争の終結時にフランスに逃れてきたようだ(1975年、12歳のとき)。



13区に林立する高層マンション群は大きなショッピングセンター(中国資本の陳氏兄弟 Tang Frères が有名)や商店街とつながっていて、ひとつの迷宮のような世界を作り上げている。パリで最もミステリアスで、最もご飯が美味しいスポットのひとつだ。コンクリート製の箱庭のような外観とは裏腹に、その内部には商店街が地下茎のようにはびこっていて、それを伝ってどこまでも入っていける。この地区の通奏低音といえば、チープなアジアン・ポップと、強烈なドリアンの匂いだ。ベトナム系ギャルたちが集う、ココナッツミルクベースのデザートが美味しいフルーツ・パーラー(死語?)にもよく通った。めぐりめぐった果ての行き止まりに小さな寺院があったり、ガラスで隔てられた向こうにボーリング場が見えたりする。旧正月を祝う春節祭に一度足を運んだことがある。カラフルな祭壇の前に集まっているお爺さんたちに話しかけてみると、中国語(らしき言葉)で返され、「同胞よ」って感じでハグされた。移り住んで以来パリの奥深い場所で外界と接触なく生活してきたのだろう。この生活感の全面化と、現れるイメージのとりとめのなさはアジア的猥雑さと言ってもいいかもしれないが、そこは紛れもなくパリなのだ。

一体自分がいつの時代にいるのか、どこの国にいるか、わからなくなってくる。同時に何だか懐かしい感じがする場所でもある。生活臭がしみつき、そして時間の止まったような学生寮の中に現れた68年のサイケな光景は、この13区に迷い込んだときのキッチュな眩暈を思い出させたのだった。

「ノルウェイの森」の映画化は単にヨーロッパから日本を見るという問題ではない。トラン監督の中にすでにアジアが折りたたまれているし、今私たちが生きているのは歴史性が希薄で、60年代も、70年代も、80年代も同一平面状に浮遊している時代だ。グローバリゼーションとはこういう時代感覚の、無時間的な共有でもある。私たちは音楽や映画やマンガを通して時代を共有する。村上春樹が小説の中でうまく音楽を使うように、トラン監督の音楽の使い方もうまいし、私たちもその音楽を知っていて、それをちゃんと評価できる。また世界は同時的につながっているが、未曾有の金融危機を経て世界がどこに向かうのかわからない(高度成長だのバブルだの同じことを繰り返すのか、新しい価値を見出せるのか)という方向感の無さも同時に共有している。

パリ、ジュテーム プレミアム・エディション [DVD]上に動画を貼り付けた「ショワジー門 Porte de Choisy 」はオムニバス映画『パリ、ジュテーム』の中に収録されている。クリストファー・ドイル監督が13区を舞台に撮ったもので、その独特の雰囲気をうまく伝えている。イメージのとりとめのなさに比べて、この短編のテーマはすっきりしている。つまりは白人男性のアジア女性への幻想である。アジア女性の髪の問題を解決するヘアケア製品を美容室に売り込みに来た Henny氏(名前をフランス語式に読むと、Je t’aime の中国語「アイニー」と音が似ている)に向かって、マダム・リーが「アジア女性の髪の問題って何なのよ?」と聞き、すかさず「問題があるのはアンタの方よ」とつっこむ。白人のオッサンはやはり黒髪が好きなのだ。

動画のタイトルにあるように、この映画には中国と日本の狭間で生きた女優&歌手、李香蘭の「梅花」が挿入歌として流れる。戦後、中国語圏で李香蘭の名を復活させた山口淑子が、香港の百代唱片公司で10数曲の主演映画の主題歌を録音したが、それらは今もスタンダード・ナンバーとして歌い継がれ、「梅花」もそのひとつである。


「ノルウェイの森」のロケを見学!(1)




cyberbloom

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2009年11月04日

フランス文化の死(3) 復活への処方箋

「フランス文化の死」の訳は今回で最終回。予想以上に長くなってしまったので、だいぶ端折りました。タイトルがセンセーショナルなせいか、アクセスも多いです。今回は内容を補足するための注釈をつけてみました。


サルコジ大統領(※1)は去年の夏、文化の民主化を訴えて、フランスのインテリたちをゾッとさせた。多くの人々は文化政策を専門家の判断ではなく、市場の力に委ねることを意味すると理解した。サルコジは他にも戦うべき敵がいるので、今も広く支持されている文化助成に戦いを挑むことはないだろう。

しかし、フランス政府は税制を見直すことで民間の参加を促せる。もっと民間が参入し、文化機関がもっと自律性を持てば、フランスは大きな文化復興を経験することになるだろう。サルコジのクリスチーヌ・アルベネルとの約束は、彼が個人の指導力を支援しているように見える。彼女はベルサイユ宮殿の館長として、個人の寄付を掘り起こし、ビジネスの協力を取り付けた。またルーブル美術館はアトランタとアブダビの分館にライセンスを与えることを決めている。

最も難しい仕事はフランス流の考え方を変えることだろう。6000万人のフランス人を同じように変えてしまうことは危険だろうが、商業的な成功を信用しないというフランス人に染み付いた考え方には一定の傾向がある。世論調査によると、フランスの若者たちはビジネスでキャリアを積むよりも、公務員になることを望んでいる。アメリカ人はアーティストたちが成功すれば、それは良いことと考える。しかし、フランス人は成功をあまりに商業的すぎると考える。成功は悪趣味なことなのだ。

TAXi2 スペシャル・エディション [DVD]また他の国々は最新の情報を使いたがる。特に、イギリス、ドイツ、アメリカは自国の膨大な文化生産物に目が向くあまり、フランスにかまっていられない。「私が素晴らしいフランスの新しい小説の話をしても、ニューヨークの出版者はそれはあまりにもフランス的だと言う。しかし、アメリカ人はフランス語が読めない。だから彼らは本当にフランスの小説がどんなものか知らないのだ」。リヨンにある文化センターの所長は言う。

しかし、外国人が見落としていることは、実はフランス文化は驚くくらい元気なことである。フランス映画はより想像力に満ち、よりとっつきやすくなっている。リュック・ベッソンとジェラール・クラヴジック(※2)を見るだけでよい。それらは陽気な香港スタイルのアクション・コメディー・シリーズである。あるいは知的だが一般受けもするセドリック・クラピッシュの「スパニッシュ・アパートメント」やジャック・オディアールの「真夜中のピアニスト」のような作品もある。両方とも外国映画のロードショーでヒットしている。

スパニッシュ・アパートメント [DVD]フランスの小説も次第に「今とここ」に焦点を当て始めている。ヤスミナ・レザの「L'aube Le Soir Ou La Nuit」は最近のサルコジの大統領選挙について書かれている。もうひとつ注目を集めているオリビエ・アダンの「A l'abri de rien」は悪名高いサンガットの難民キャンプ(※3)に関わる話である。日本の影響を受けたフランスのバンド・デシネ作家たちのおかげで、フランスはグラフィック・ノベルという文学の最もホットなジャンルを先導している。カミーユ、バンジャマン・ビオレ、ヴァンサン・ドゥレルムはシャンソンを復活させ、セネガル生まれのMCソラー、キプロス生まれのディアムス、コンゴ移民の子のアブダル・マリクのようなアーティストはストリートのスラング(=verlan:ひっくり返し言葉)を使い、アメリカ産のラップを先鋭的で詩的なラップに作り変えている。

真夜中のピアニスト DTSスペシャル・エディション [DVD]そこにフランスが世界的な栄光を取り戻す鍵がある。フランスの怒れる、野心的なマイノリティーはあらゆる分野で文化にコミットしている。フランスは多民族的な文化の市場になっており、そこには、バンリュー(パリ郊外)や白人世界とは全く異質な一角からアートや音楽や文学作品がもたらされている。アフリカやアジアやラテンアメリカの音楽はおそらく他の国よりはフランスの方が売れる余地があるだろう(→ワールドミュージック※4)。またフランスの映画館ではアフガニスタン、アルゼンチン、ハンガリーや他の遠い国々からの作品が常に上映されている。あらゆる国の作家たちがフランス語に訳され、それは必然的に次の世代のフランスの作家たちに影響を与える。割り当てや助成金にもかかわらず、フランスは外国文化に目の利く人々にとってのパラダイスである。「フランスは、他のいろんな国からやってきた人々が、すぐに絵を描いたり、フランス語や別の言葉で物を書きを始めることができる国だ」とグラフィック・ノベルをもとにした「ペルセポリス」の作者であるマルジャヌ・サトラピは言う。「フランス文化の豊かさはそのような特色の上に成り立っている」。

Rose Kennedyもし周辺からの新しいエネルギーの注入がなかったら、どうやって文化大国のままでいられるのだろうか。ちょっと文化の定義を広げるだけで、フランスが影響力によって他を凌駕できる3つの分野を見出せる。まず、フランスは、コスモポリタンなデザイナーたち(※5)の鋭敏なアンテナのおかげで、ファッションの世界的なリーダーである。ふたつ目は、フランス料理で、それはイタリア料理やアジア料理の伝統とともに、世界標準であり続けている。三つ目は、フランスのワイン生産者たちだ。彼らは新しいワイン産地との競争に直面しながらも、優れた品質の評判を維持するために、外国で改良された技術を取り入れている。多くのフランスのブドウの木はかつて、病気に強いアメリカからの台木に接木されたのは明白な事実なのだ(※6)。「私たちはグローバリゼーションのリスクをとらなければならない。外の世界を迎え入れなければならない」と先述のリヨンの文化センターの館長は言う。

戦後のフランス文学の巨人であるジャンポール・サルトルは、1946年に当時のフランス文学に影響を与えたヘミングウエイ、フォークナーなどの作家に感謝すると書いた。それはアメリカ人たちがフランスからの影響を当たり前のものと思い始めていたときだった。「私たちはあなたがたが借してくれたこれらのテクニックをあなたがたに返すつもりだ」とサルトルは約束した。「ひとつの国民が創り出し、そのあと拒否したものを、他の国民の中に再発見させる、この絶え間ない交流によって、あなたはこれらの新しいフランスの本の中に古いフォークナーの永遠の若々しさを発見するでしょう」

このようにして世界は、フランスの永遠の若々しさを発見することになるだろう。フランスは、長い栄光の追求のあいだに、借用の芸術に対する洗練された鑑賞力を磨いてきたのだ。フランスの文化制度の慣習的な考え方によって、フランス文化の凋落に対していらだつのをやめ、周辺的な文化の盛り上がりを支持するとき、フランスは文化的な力として再び評価され、文化的な実りの多い国になるだろう。


※1)サルコジ大統領 
■サルコジ大統領も就任以来、折に触れ、文化特例を擁護する発言をしている。
■例えば、去年のカンヌ映画祭の祝賀式典のスピーチで、映画祭の継続的な成功はフランスの文化遺産保護につながっていると語り、自国の文化特例政策を称賛している。フランスでは、国産映画の支援だけでなく、海外作品のテレビ放映制限が行われ、また全興行収入の何割かを新作制作の資金に充てている。「現代のクリエイティブな活動を活性化する文化特例政策を具体化し、擁護するフランスに誇りを感じる。フランスはこの映画の財政支援方法を守らねばならず、単なる助成金としてはならない。文化特例政策は興行収入の好循環を生んでおり、この財源が制作活動を活性化している」とつけ加えた。欧州各国の映画市場でアメリカ映画は軒並み90%のシェアを占めるが、フランスでは2006年時点で45.8%にとどまっている。
■今月、シラク前大統領がフランスの声を世界に発信する「仏版CNN」にしたいと力説し、2006年末から放送が始まったFRANCE24 について、「フランスの納税者の金を使うのだから、フランス語を話さないテレビのチャンネルには賛成できない」と、海外向け英語放送を打ち切る方針を発表し、関係者を困惑させている。

※2)ジェラール・クラヴィジック
■リュック・ベッソン・プロデュースの「TAXi」シリーズの2作目以降を監督。またジャン・レノと広末涼子をフィーチャーし、東京を舞台に撮った「WASABI」もある。これらは娯楽色の非常に強いB級アクションだが、マルセイユを舞台にした「TAXi」にはフランスの多民族的な背景があり(音楽にも IAM やDJ Kore & Skalp を起用)、また「WASABI」はテクノオリエンタリズムの作品として「ブレードランナー」の延長線上にある。
□関連エントリー:「WASABI

※3)サンガット収容所
■サンガット収容所は、英国を目指し、英仏海峡を渡るためにフランス北西部カレー付近に待機していた主として中東からの不法移民を収容していた。サンガット収容所は赤十字が運営していたが、もともとユーロスター建設のために設けられた倉庫で、そこには当時2000人以上の不法移民が収容されていた。収容所の多数を占めるアフガニスタン人とクルド人の対立から、騒動が何度も起こり、死者も出て、付近住民からも不満の声が上がっていた。 サルコジ大統領が内相時代にサンガットを訪問して、閉鎖を要求する英国内相とも協議を重ね、その結果、2002年11月5日から、同施設への不法移民受け入れを禁止し、翌年4月には閉鎖することを決定。人道団体などが閉鎖に反対し、難民保護を訴えて抗議行動を起こしたが、治安悪化への対処のしようもなく、英国も閉鎖を強く望んでいた。
■先回、フランスは「ヌーヴォー・ロマン・コンプレックス」にとらわれているという話があったが、過剰な自己耽溺や、メタ文学(文学そのものをネタにした文学)など、ひとりよがりな表現にこだわり、オタクな内輪ノリで完結するよりも、グローバリゼーションのもたらす多様な現実や問題に目を向けていく方がはるかに重要だし、実りが多いだろう。文学は本来コミュニケーションや公共性に大きく関わることなのだから。

※4)ワールド・ミュージック
■「ワールド・ミュージック」という言葉は、1982年6月にフランスで開催された音楽フェスティバルの名称「Fête de la Musique」の訳語として使われた。これを契機にフランスは1980年代以降、パリはワールド・ミュージックの発信地となった。とりわけ、当時は欧米のポップミュージックの影響を受けた新しいアフリカの音楽が興っていて、フランスは旧宗主国という立場もあり、パリはそれらの欧米進出の足がかりになった。マリの王家出身のサリフ・ケイタ Salif Keita はパリ郊外に移り住み、セネガル出身のユッスー・ンデュールYoussou N'Dour (日本ではホンダのCMで使われた「オブラディ・オブラダ」のカバーが有名)がしばしば演奏に訪れた。彼らと一緒にキング・サニー・アデ King Sunny Ade の名前も思い出される。他には、パリ在住のマルチニーク系ミュージシャンが80~90年代に創り出したフレンチ・カリビアン・ミュージック、「ズーク・サウンド」の代表、カッサヴ Kassav や、ストリングスを取り入れた曲が特徴的なマルチニークの現地グループ、マラヴォワ Malavoi が活躍していた。アイドル女優、ブリジッド・バルドーが、ジプシー・キングスを発見し、世界に紹介したエピソードも知られている。アルジェリア発のアラビアン・ポップであるライ raï もフランス経由で世界的に支持されている音楽のひとつだ。ライはすでに多様な展開を見せているが、シェブ・マミとスティングのデュオ「デザート・ローズ」(1999年)によって世界的な認知を獲得し、2004年にはフランスでDJコールとスカルプ(DJ Kore & Skalp) プロデュースによるアルバム「Rai'n'b Fever」が大ヒットした。ライに関しては、raidaisuki さんのブログ「フランス語系人のBO-YA-KI」が詳しい(FBNにもライの記事「ライ RAI!」を寄稿していただいている)。

※5)コスモポリタンなデザイナーたち
■ルイ・ヴィトンはすでにグローバル企業体LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)として、いくつものヨーロッパやアメリカの企業を傘下に収めている。フランスの血統や伝統を守ることにもあまり関心がないようで、その人脈は国際的に入り乱れている。ヴィトンのプレタポルテを始めたデザイナーのマーク・ジェイコブスはアメリカ人だし、傘下のディオールで活躍するのもイギリス人のジョン・ガリアーノ(ジブラルタル生まれ)だったり。昔はヴィトンのバッグを作るのに1週間以上かかり、品切れ状態が当たり前だった。そういう頑固な職人気質によって作られ、フランスのブルジョワの伝統の中で愛用されてきた。しかし、今はチーム体制で1日で作り上げられる。東京にもメガストアが進出し、グローバルなアイテムとして流通している。
■バッグだけではない。マーク・ジェイコブスのクリエイティヴ・ディレクター就任後、ルイ・ヴィトンはグローバルな「冒険」を続けている。例えば、村上隆を初めとする現代美術のアーティストとのコラボレーション、話題の女優を国籍を問わず起用する広告キャンペーン(「ヴェルサーチのきわどいドレス」で有名になったジェニファー・ロペス)、ゴルバチョフなど非ファッション界の有名人を使った広告も記憶に新しいところ。これまでの保守的でハイソなイメージに揺さぶりをかけている。そして、最新のファレル・ウイリアムズとのコラボは、本流のファッション業界の旗頭である老舗が、亜流とみなされてきたアメリカのヒップホップ・ファッションと手を組んだことが注目を浴びている。
□関連エントリー「ヒップ・ホップのスターと手を組むルイ・ヴィトン

※6)フランスのぶどう
■19世紀後半には害虫フィロキセラによりフランス全土の葡萄が壊滅的な被害を受けるが、これに耐性のあるアメリカ産ぶどう品種の台木に、フランス産ぶどう品種の穂木を接木することで克服した。文化は借り物であり、ミクスチャーであることをこの事実に象徴させている。


フランス文化の死(2) 過去の遺産と現代の文化




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2009年11月03日

「シルバーショック」に見舞われる日本(前半)―Le Figaro より

日本列島では急速に高齢化が進んでいる。65歳以上が人口の21%を占める日本は、世界一の高齢化水準にある。孤独と小額年金によってつぎつぎに悲劇が生みだされている。

81歳の夫が85歳の妻を殺害した。自殺を企てた夫は逮捕され、「妻が不憫に思えて殺害した。私が死んだあと、妻の世話をする人がいなくなるのです」と捜査官に供述している。妻は老人性痴呆症を患っていた。状況を踏まえ、新聞は名前を掲載しなかった。日本人はこの事件にあまり驚かなかったが、それほどありふれた出来事でしかない。最新の警察当局の統計によると、2008年1月から11月の一年未満の間に、相手の面倒をもうみられなくなった、そしてそれができなくなるのではないかとの懸念から、21人が配偶者を殺害したと供述しているという。

これは日本の高齢化のもたらす悲劇の最たるものである。日本では急速に高齢化が進んでおり、65歳以上が人口の21%を占めるなど、世界最高水準の老人国家である。敬老の日(2009年は9月21日)は、年を追うごとにますます多くの人々がかかわっていくことになる。先日9月12日、政府は100歳以上の高齢者人口が4万人台を突破し、4万399人になると発表。2025年には、65歳以上年齢が人口の30パーセントを占めるという。日本は「シルバー」ショックに意識を向けはじめたのみである。ここで「シルバー」という語は、年配者に関することを指すために使われている(※)。「シルバー」などと表向きは敬意を表しているようにみえるが、現実はそれを否定している。1945年以来、日本自由党政権によってはじめられた政策は、社会より経済を優先するものだった。その結果、世界第二位の経済大国は老人たちを隅に追いやった。6万6000円の基礎年金と老人ホームの不足のせいで、高齢者たちは病院に頼らざるをえなくなった。彼らは他の日本人たちとおなじように苛立ちをあらわにし、8月の総選挙では、年金の増額を約束する民主党に投票した。(※訳者註:日本語でいう「シルバー=年配者」という概念はフランス語にはありません。原語の[argente]は「銀色の/お金にまつわる」という意味の形容詞です。さらにここから、記事執筆者は「シルバーショック=le choc argente」に「年配者=お金にまつわる」「ショック」というニュアンスをもたせようとしていると考えられます)

さしあたり、年配者の孤独は増していっている。65歳以上の高齢者の面倒をみる人々の48パーセントがまさにその65歳以上の高齢者たちなのである。冒頭に挙げたような例は避けがたいことなのだ。日本の社会的規範ではなにも解決できない。もちろんすでに『楢山節考』の時代ではなくなった。これはカンヌ国際映画祭においてパルムドールを受賞した映画(1983)で、70歳になった老人が村の負担にならないようにと山の頂上で孤独に死にゆく姿を扱った19世紀の日本を舞台としている。しかし、妻が年老いた夫の面倒をみるという考え方や、自らの不幸は口外しないということが悲劇を生みだしているのである。

「私たちの文化に根ざしたものなのです」

東京近郊の鶴ヶ島に、30年間にわたり夫婦で経営していた有名な焼鳥店があった。ある日、それが閉店した。78歳の夫が大動脈瘤を患ったのである。夫婦は近くに娘が住むアパートに引っ越した。72歳の妻は緑内障を患って片目を失い、視力は下がる一方だった。2008年12月25日、彼女は夫の首をスカーフで絞めて殺害し、自らも手首を切り自殺を図った。今年5月、妻に対し(日本の殺人罪の法定刑で)もっとも軽い懲役5年の判決が下った。法廷において、どうして市に援助を頼まなかったのか、と問われた被告人である妻は「そんなものがあることを知りませんでした」と答えた。けれども、妻は娘に対しても自分の問題を打ち明けておらず、娘は娘で差し出がましいことをしたくないと考えていた…。

「これは私たちの文化に根ざしたものなのです。近所に助けを求めたり、さらには行政に問い合わせることも恥だと考えているのです。もっとも困っているのは一人暮らしをしている人々です。私たちは自宅で孤独死をしている老人の方々を何度もみてきました」と、新宿にある社会福祉事業協議会の責任者である、マルヤマ・ユミコさんはいう。この団体は東京の高齢者たちの介護を仕事としている。新宿には100歳以上の高齢者が729人住んでいて、その大部分が自宅介護支援を受けている。けれども問題はそれ以外の人々である。この協議会の支援を受けられる最低年齢は75歳からであり、申込者は後を絶たない。基本サービスはつぎのようになる。月二回の自宅訪問、これはただ生きているかどうかを確かめるためのものである。大半は年配者たちが住む、色あせた公共マンションで配られているビラは、ボランティアたちの直面する問題を雄弁に物語る。「私どものメンバーが玄関先までうかがい、問題がないかどうかお訊ねします」。ところが、ボランティアの一人、定年退職した元公務員の妻であるイゴジさんによると、「私たちの支援が必要な人はほかにもたくさんいますが、その人たちがどこにいるのかわからないのです」






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2009年11月01日

週刊フランス情報 26 OCTOBRE - 1 NOVEMBRE

シラク前大統領、公判へ=パリ市長時代の架空雇用疑惑
■フランスのシラク前大統領(76)がパリ市長時代に職員を架空雇用していたとされる疑惑で、予審判事は前大統領に対し、公金横領と背任の罪で公判に掛けると通告した。前大統領の事務所が30日、声明で明らかにした。仏大統領経験者が刑事事件で公判に臨むのは初めて。
■公判はパリ軽罪裁判所で行われ、有罪の場合、最高で禁固10年、罰金15万ユーロ(約2000万円)を科せられる可能性がある。声明は「裁判で身の潔白を証明する」としている。
 前大統領はパリ市長を1977年から大統領に就任する95年まで務めた。この間の83年から側近の関係者ら計21人をパリ市職員として架空雇用し、給料を払っていたとみられている。 仏紙ルモンドによると、前大統領を含む10人が裁かれる見通し。 
(10月30日、時事通信)

仏特使ラング氏、11月上旬に訪朝 外交樹立を模索へ
■フランスのジャック・ラング北朝鮮担当特使が11月上旬に北朝鮮を訪れることが明らかになった。仏AFP通信が伝えた。仏は欧州連合(EU)で唯一、北朝鮮と国交がない。サルコジ大統領は1日に野党社会党のラング下院議員を特使に任命し、外交関係の樹立を検討している。
■ラング氏が滞在先のニューヨークで明らかにした。ラング氏は「準備のための代表団はすでに北朝鮮に入っている。北朝鮮側の主張を聞き、大統領に客観的な分析と提案を伝えたい」と語った。仏政府は、北朝鮮の核問題などを考慮したうえで外交関係樹立を検討する立場をとっている。
(10月28日、NIKKEI)
★ジャック・ラングはミッテラン政権下の80年代から90年代前半にかけて文化相をつとめた社会党の政治家。彼は文化予算を倍増させて、文化支援を全面的に行った。音楽に関しても、シャンソンは「ブールジュの春」、ロックは「ロックの祭典」と、それぞれイベントを企画し、無名のミュージシャンたちに活動の場を与えた。またNY発のラップ・ミュージックも分け隔てなく文化として支援の対象とした(ラングが理解できなかったテクノは冷遇されたようだ)。さらに Fete de la musique というフランス全土がプロ・アマを問わない音楽を楽しむ日も作った。

サルコジ仏大統領、新たな農業支援策を発表
■フランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領は27日、農業従事者に対し6億5000万ユーロ(約880億円)の追加支援や10億ユーロ(約1400億円)の低金利の融資制度を年内に始める方針を発表した。サルコジ大統領は同国東部のコンテチーズ産地ポリニー(Poligny)で演説し、農業はフランスにとって最重要の産業であり、危機の中でもフランスの農業を衰退させたりはしないと述べた。
■フランスは欧州連合(EU)最大の農業国で、農業従事者は77万人に上る。フランスの農業は政府によって手厚い保護を受けているものの、過去1年間の15%もの農産物価格下落で窮地に立たされている。
■農業従事者らはここ数か月にわたり、大量の牛乳を道路にまいたり、トラクターをゆっくり走行させて道路をふさいだり、首都パリ(Paris)の目抜き通りシャンゼリゼ(Champs Elysees)に築いたバリケードに火を放ったりするなどの抗議活動を加速させている。
■支持率が低下し、与党内からも不満の声が上がる中、サルコジ大統領は農業危機の最大の要因は欧州や世界に規制がないことだと主張し、欧州委員会(European Commission)に対して農産物価格に影響を与える市場投機を制限し、金融派生商品の管理を強化するよう要請した。欧州委員会の報道官は、フランスの計画を詳しく調べて独占禁止法に違反していないかどうかを判断するとしている。
(10月28日、AFP)

C・ブルーニさんが幼少期過ごした城、25億円で販売中
■イタリアの資産家の令嬢でスーパーモデル、フランスの大統領夫人にもなったカーラ・ブルーニさんのような生活をしたいと常々思っているなら、イタリア北部のトリノで売り出し中の城は一見の価値があるかもしれない。ブルーニさんが幼少期を過ごしたというこの城は、数カ月前にサウジアラビアの富豪が2500万ドル(約22億6000万円)で購入したが、入居せずに約1900万ユーロ(約25億3000万円)で売りに出している。約1000年の歴史があり、部屋数が40室に上るという同城は、ブルーニさんの父親が1952年に購入。大規模な補修工事をして、豪華な内装を施した。約70万平方メートルの敷地には、畑や果樹園、花壇、年代物の温室のほか、管理人の家なども備わっている。建物は1705年にフランス軍に破壊された後、1835年までに建て直されたものだという。
(10月28日、ロイター)

元フランス代表・ジダン氏が来日、元日本代表とフットサルマッチ
■元フランス代表MFのジダン氏が参加して今月31日に東京・味の素スタジアムで行われるスペシャルフットサルマッチのイベント概要を、スポーツ用品メーカーのアディダス・ジャパンが発表した。来年のワールドカップに向けて同社が展開する「EVERY TEAM NEEDS...(チームに必要なものとは)」キャンペーンの一環。ジダン氏が元日本代表の名波浩氏、北沢豪氏、前園真聖氏、小倉隆史氏らとプレーし、最高峰の技を伝える。午後5時開始予定で、入場無料。先着5千人に、ジダン氏来日記念オリジナルTシャツがプレゼントされる。 詳細は、http://www.adidas.co.jp/football
(10月29日、ASAHI.COM)

ベーカリー「ドンク三宮本店」がリニューアル
■神戸・三宮のベーカリー「ドンク三宮本店」(神戸市中央区三宮町2、TEL 078-391-5481)が10月30日、リニューアルオープンした。同店はドンクブランドの本店として1951(昭和26)年にオープン。戦後の経済成長期前夜の日本で、当時まだ珍しかったという本格的なフランス菓子とパン、喫茶の店としてスタートした。宝塚歌劇団のスターや地元・神戸の財界人など多くの著名人が来店し、地元神戸でも支持を得ている。
(10月30日、みんなの経済新聞ネットワーク)
★フィリップ・ビゴの指導のもと、神戸の「ドンク」でフランスパン作りが始まったのが1965年のこと。1954年、フランス国立製粉学校教授のレイモン・カルヴェルが来日し、パンの講習会を開き、バゲットをはじめとする伝統的なフランスパンを日本で初めて紹介したが、ビゴはカルヴェルの弟子にあたり、ビゴはその後芦屋に「ビゴ」を開く。

ハイブリッド車電池、三洋が仏プジョーに供給
■三洋電機は仏プジョーシトロエングループ(PSA)にハイブリッド車(HV)向けニッケル水素電池を供給することで合意した。PSAが世界初の実用化を目指すディーゼル型HV向けで、出力制御を含めた電池システムも共同開発。2011年から年数万台分を供給する。三洋が電池の供給を決めたのはホンダなどに続いて5社目で、世界的なエコカー開発の広がりに合わせ事業拡大を本格化させる。
■PSAが11年に発売する多目的スポーツ車(SUV)「プジョー3008」と高級車「シトロエンDS5」向け。両車種とも前輪をエンジン、後輪をモーターで駆動させガソリン燃料のHVより二酸化炭素(CO2)排出量が3割少ないという。PSAは三菱自動車から電気自動車の供給を受けるが、HVの開発も進める。三洋は基本部品のセル(素電池)を洲本工場(兵庫県洲本市)で生産、加西事業所(同県加西市)で完成品に組み立てて輸出する。
(11月1日、NIKKEI)
★三洋電機、今最も注目されている日本の企業のひとつである。10月18日にNHKスペシャル「自動車革命・トヨタ新時代への苦闘」という番組をやっていたが、その中でトヨタの副社長が「電気自動車の主導権を将来にわって維持するためには、電池生産で主導権を握る必要がある」と言っていた。今や高性能で安価な電池を開発した企業が電気自動車時代を主導することは明らか。先月の下旬に、三洋電機は本格的な電気自動車時代が到来すると予想される2020年に電池の世界シェア40%を獲得すると宣言。大規模な設備投資に着手した。また世界最大の販売量をベースに強力なコスト競争力を確立することを発表している。




★commented by cyberbloom

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2009年10月31日

GyaO!無料動画で「アメリ」を無料配信中!

すぐに「アメリ Amelie 」を見たい人は↓をクリック!
http://player.gyao.yahoo.co.jp/wmp/?cp_id=00265&program_id=v03363&video_id=v0336300000000526149

deuxmoulins01.JPG「アメリ」が公開されてもう7年以上が経ったが、それ以来「アメリ」を超える人気のフランス映画は出ていない。当時どのくらい人気があったかというと、とんねるずがコントのネタにしていたくらい人気があった。舞台になったモンマルトルに実在するカフェ「ドゥ・ムーラン」(写真)にも日本人の女の子たちが押し寄せていた。オドレ・トトゥはその後「ダ・ヴィンチ・コード」に出演し、最も有名なフランス女優になり、現在も「ココ・アヴァン・シャネル」で主演を務め、シャネル・サンクのCMにも抜擢された。

もちろんフランス映画の新しい古典として、これから「アメリ」に触れる人たちもいるわけだ。現在、複数の大学で「アメリ」のシナリオを使い回していて、ほとんど毎日のように「アメリ」を見ている。何度見ても味わい深いシーンが多く、またこんな言い回しもあるのかと再発見することも。八百屋のコリニョンさんのオヤジギャグ Amélie-mélo や éléphant de mère(mer)、ブルトドーさんが好きな地鶏の丸焼きの腰骨の肉 sot-l'y-laisse など。後者の意味は「バカはそれを残す」、つまりそれを残すバカはいないほど美味しい部分ということ。確かにあの部分は美味しい。そのうち youtube を使ったフランス語講座で「アメリ」を扱う予定だ。
 
アコーデオンが奏でるミュゼット風のテーマ曲や、アメリがサンマルタン運河での水切りや「ガラス男」の部屋のシーンのバックに流れているピアノの曲など、「アメリ」には印象的な音楽が多い。特に水切りのシーンでは緑の背景と赤いアメリのワンピースのコントラストと、運河の水の流れに重なるような軽やかに響くピアノが美しい。「アメリ」ほど映画のシーンを思い出すとき、一緒に音楽が聞えてくる映画はないだろう。ヤン・ティエルセン Yann Tiersen の音楽はもちろん独立した音楽としても十分楽しめる。


AMELIE FROM MONTMARTRE 「アメリ」オリジナル・サウンドトラック
サントラ
EMIミュージック・ジャパン (2001-10-24)
おすすめ度の平均: 5.0
5 やっぱりアメリはいい
5 素敵な音楽だね、パリって感じ
4 コーヒーをもう一杯飲みたくなるようなアルバム
4 ヨーロッパでは人気のサントラです
5 シアワセになる法則




cyberbloom

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2009年10月29日

「ノルウェイの森」のロケを見学!(1) 学生寮のサイケな光景

先日、某大学の学生寮で「ノルウェイの森」のロケを見学してきた(※09年7月11日)。トラン・アン・ユン監督、松山ケンイチ、玉山鉄二を至近距離で目撃。永沢役の玉鉄は当日初めて名前を知った。ネットでロケの情報を得て見学に来たという女性と知り合い、玉鉄がいかにカッコいいかを教えてもらった(彼女は実物を見て「脚が長い!」と感動していた)。彼女が『ノルウェイの森』の文庫本を持っていたので、それを借りて、お昼休みでスタッフが弁当を食べているあいだ(現場に着いたときはお昼だった)、すっかり忘れていた『ノルウェイの森』の学生寮のシーンを読みふけってしまった。将来地図を作ることを夢見ている突撃隊や、主人公とフィッツジェラルドを通して結びつく永沢が登場する、あのシーンだ。

SA3D0001.jpgロケの準備が始まり、周囲があわただしくなってきた。ロケ現場と思われる棟の裏側に回ると、エキストラで出演している教え子のK君に会うことができた。K君は役得で、トラン監督(トラン・アン・ユンのトランが姓)の息子さんにも会ったようで、フランス語で、Quel âge? って聞いたら、Huit ans と答えてくれたと嬉しそうだった(写真はK君が写メで送ってくれた監督直筆のサイン)。

やがてリハーサルが始まったが、それはちょっと小説のイメージとはかけ離れたシーンだった。○○が立ち込める中、ギュワーンとファズギターが鳴り響き、○○がサイケなロックを○○している中で、寮生が○○をしているという、何とも形容しがたい、それこそ「サイケな」シーンで、それを背景にワタナベや永沢が語り合っているというもの(詳細は書けないのでご勘弁を)。

時代をスタイリッシュに彩って、象徴的に描き出す。トラン監督は少々過剰気味に、実際の68年以上にベタでトンガった68年を演出しているように見えた。主人公やエキストラのファッションも時代の先鋭的な部分を映しているようだった。小説は時代性をあまり感じさせないが、68年と言えば、パリから世界へと広がった五月革命の年であり、ベトナム戦争の真っ最中でもあり、翌年には伝説的なロックフェス、ウッドストックが行われた。

それでも「おいキスギ、ここはひどい世界だよ(…)こういう奴らがきちんと大学の単位をとって社会に出て、せっせと下劣な社会を作るんだ」とワタナベに言わせて、全共闘の学生の変わり身の早さを批判している。またミドリが女性に飯炊きをさせる全共闘のマッチョなノリに憤慨しているが、いずれも本質的なツッコミである。

また小説中の文学の議論によっても時代の流行を垣間見ることができる。寮生の大多数が読んでいたのは、大江、三島、高橋和巳、フランスの現代作家(ヌーボーロマンのことだろうか)で、自分(=主人公)みたいにフィッツジェラルド、アップダイク、チャンドラー、カポーティなどのアメリカの作家を読んでいたのは極めて少数派だったと書かれている。

村上春樹もある意味スタイリッシュだが、それは趣味の良い上品さであって、決して時代の先端を追うようなものではない。消費主義的な洗練、あるいはモノとライフスタイルの細部に徹底的にこだわる一種のスノビズムだ。新興国の若い読者に人気があるのも、そういうものに憧れがあるせいだろう。『ノルウェイの森』では、見栄えも良く、お金にも困っていない、生の条件に恵まれた登場人物が次々に死んでいく。貧困や飢餓で死ぬわけではない。成り上がろうと無茶をして死ぬわけでもない。そういう理由のない死は、消費主義的な洗練の究極的な身振りだということなのだろうか。その部分をトラン監督がどのように描くのか非常に気になるところだ。1968年から20年後に『ノルウェイの森』が発表されたわけだが、それからさらに20年後の現在、日本は貧困によって多くの若者が命を絶つような『蟹工船』の時代に逆戻りしてしまった。果たしてそういう身振りは未だに説得力を持っているのだろうか(結局、バブル前夜の「1Q84」年に回帰するしかなかったということなのだろうか)。

蒸し暑い学生寮の中は1968年だった、というより、むしろみんながベトナムの若者に見えた。季節柄エキストラの寮生たちも日焼けしていたし、特に7対3で固めた黒々とした髪が額に張りつくレトロな感じがベトナムだった。何でトラン監督が『ノルウェイの森』なのかとずっと思っていたが、ベトナムを舞台に映画を撮ってきたトラン監督からすれば、私たちにとっての遠いノスタルジーが近くてリアルなものなのかもしれない。

ベトナムは現在、高度成長の真っ只中にある。今回の世界的な金融危機の影響も少なく、2009年においても5.5%の成長が見込まれている。また2025年までのスパンでは年平均8%の成長率が予想されていて、世界で最も成長率の高い国になると言われている。成長が止まるどころか、これから人口がどんどん減り、経済規模が縮小していく日本とは極めて対照的である。つまりトラン監督が「ノルウェイの森」を撮っている現在は、頂点を目指して昇っていく国と、頂点を極めたあとに落ちていく国の交差する地点=時点ということになる。そこが非常に興味深いのだ。村上春樹のスタイリッシュさは経済成長の頂点において醸成された上澄みのようなものだから。

私は舞台となる学生寮に関してこじんまりとした牧歌的なものを勝手に想像していた。しかし実際に行ってみると、それは古い鉄筋造りで、それもちょっとした総合病院くらいの規模だった。もちろん内部は病院のようにこぎれいではなく、雑然としていて、むさ苦しいほどの生活感にあふれていた。階段の踊り場にロープを張って洗濯物が干してあったのが印象的で、こんな場所が今もあるのかとちょっとびっくりした。そんな学生寮と見学したシーンの組み合わせは意外なものを想起させた。それはパリの13区である。トラン監督にとってもおそらく馴染みのある場所だろう。(続く)

★このエントリーは09年7月25日に main blog に掲載


ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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2009年10月28日

フランス文化の死(2) 過去の遺産と現代の文化

アメリカの雑誌「タイム」のヨーロッパ版に掲載された「フランス文化の死」の続き。



time1107.jpg文化的な衰退は評価しにくい問題である。一部の保守的なフランス人は伝統的に19世紀と20世紀初めの厳密な階級社会に対してノスタルジアを抱く。逆説的に、その堅苦しい時代が反動的にその後のフランスの文化に活力を与えたのである。多くのフランスの芸術家たちは教育制度に反抗することによって生まれた。ロマン主義、印象派、モダニストの芸術家たちは当時のアカデミックな基準に対する反逆者だった。しかし、その基準は極めて高く、それに反抗する芸術家たちの質をも高めることに貢献した。

もちろん、文化の質はそれを見るもの視点にかかっている。まさにそれが文化の意味なのだ。文化(=culture)はもともと農業などでモノが育つことを指していた。その後、現代になって、文化人類学者や社会学者が、大衆が熱狂する低級な文化を含む言葉として文化の意味を広げたのである。

フランス政府は幅広い文化活動をサポートするのにGDPの1・5%を支出している(ドイツは0・7%、イギリス0・5%、アメリカ0・3%)。文化省は11200人の公務員を擁し、美術館、オペラ座、演劇祭などの主要なハイカルチャーに気前良く金を出す。しかし、文化省はまた1980年代にアングロサクソンに対する競争力を高めるためにロックンロール大臣を任命したこともある(成功しなかったが)。同じように国会は2005年にフォワグラを国の文化的な遺産に指定することを決めた。

文化助成金はフランスに偏在している。映画の制作者は非ポルノ映画であれば前払いで受け取ることができる。フランスの主要な有料チャンネルであるCANAL PLUS(カナル・プリュス)は収入の20%をフランス映画の権利を買い取るのに使わなければならない。40%のテレビのショーとラジオの音楽はフランス語であることが法律で決まっている。時間帯の割り当ても決まっていて、フランスの番組が深夜に追いやられることはない。またフリーランスのパフォーミング・アーティストとして働く場合は、政府から特別の手当が支給される。画家や彫刻家は補助を受けたスタジオが与えられる。また外務省も他の主要国の文化活動までも援助している。フランスは飛行機一杯分のアーティストやパフォーマーを外国に送り出し、148の文化グループ、26の研究所、176の海外の発掘調査に助成金を出している。

これらの有利な条件にも関わらず、なぜフランス文化は外国で成功しないのだろうか。ひとつの問題は多くのものがフランス語で書かれているからである。しかし、フランス語は今や世界で12番目の言語にすぎない(1番は中国語、2番は英語)。1940年代50年代フランスは芸術シーンの中心で、「注目されたかったらフランスに行け」だったが、今はニューヨークに行かなければならない。

もうひとつの問題は助成金だろう。アメリカは政府の助成金なしで多くの質の高いハイカルチャーを生み出している。助成金は個人や民間(そして個人や民間のお金)が文化的な空間に参入するのを妨げていると批判する者もいる。

他の批評家は次のように警告する。文化産業を保護することはそれらの魅力を狭めることになると。割り当てと言語の壁に守られた国内市場では、フランスの制作者は海外で売らなくても繁盛できる。フランスの映画は5本のうち1本しかアメリカに輸出されない。もしフランス人が何がアートで何がアートでないかを決めることができる唯一の国民だとすれば、フランスのアーティストたちはうまくやっていけるだろう。しかし、プレイヤーはフランス人だけではない。フランス人も外を見なければならない。

フランスの国民性もその原因のひとつだろう。抽象と理論が長い間フランスの知的な生活で称揚され、フランスの学派で強調されてきた。その傾向はフランスの小説に顕著である。フランスの小説は、内省的な1950年代のヌーボーロマンの運動の影響に今も苦しんでいる。今日最も批評家に崇拝される小説家の多くは優雅だがどうでもよい小説を書き、それはあまり売れない。オートフィクション autofiction と呼ばれる小説を書く小説家もいるが、それは深い自己耽溺の中で表現することを前面に出した自叙伝のようなものである。アメリカの作家はハードに仕事をし、成功することを望む。しかし、フランスの作家は知的でなくてはと考えるのだ。

逆に当のフランスでは外国の小説、特に時事的な、リアリズムの小説がよく売れている。フランスでは文学は依然まじめなものとみなされている。しかし、アメリカの小説を見ると、それは何らかの方法でアメリカの状況を描いている。フランスの作家たちも面白いものを書いてはいるが、彼らはフランス自身を見ていない。

フランス映画もヌーボーロマン・コンプレックスに苛まれてきたが、今では「アメリ」のような巧みで、商業的にも成功する映画を作ることができるようになった。しかし、多くの外国人にとってフランス映画の冗長さの汚名は消えていない。

(翻訳部分はここまで。長いのでまだまだ続く)



相変わらずパリは世界の旅行者が最も訪れたい都市のナンバー1の地位をキープしている。パリは今年の日本の卒業旅行の目的地のNo.1にもなり、その魅力は美術館が充実していることにあるようだ。中央集権国家であるフランスは、昔から文化に対しても国家的にコントロールしようという欲望が強く、文化は国家的な権威と密接に結びついてきた。それはパリの都市計画にも反映されていて、文化の殿堂や歴史的なモニュメントが主要ポイントに配置されている。今のパリの街並みの土台は19世紀の半ばにオスマンが築いたものだが、1980年代にも大規模な都市改造があり、ルーブルのピラミッド、オルセー美術館、アラブ世界研究所、新凱旋門(郊外のデファンス地区)などが付け加えられた。パリほど文化を国家の威信と重ね合わせて感じることができる場所はない。

一方で、フランス文化の担い手は誰なのかということを考える場合、少なくともアーティストたちがフランス文化の振興ということを絶えず自覚しながら活動することなんてありえない。彼らは自分のやりたいことを、やりたいようにやるだけだ。自分の作品を多くの人々に知らしめるために言語や表現方法を選ぶだけだ。今ではフランス絵画の重要な流派とみなされている印象派は、タイムの記者が書いているように、当時のアカデミズムに対する反逆者であり、マネもルノワールも最初のうちは全く理解されず、酷評されていた。しかし、今や国立美術館という国家の文化制度に不可欠なものになっている。国はいつもあとから囲い込むのである。

インターステラ5555-The 5tory of the 5ecret 5tar 5ystem- [DVD]しかし、過去の遺産をうまくコントロールできても、今の文化に対してはさすがに分が悪いようだ。ダフト・パンク Daft Punk の「ディスカヴァリー」が世界的にヒットしたとき、ル・モンド紙が文化蘭一面を使って彼らをフランス発の世界的な成功者として紹介した。しかし、彼らは英語で歌っていたし、そのアルバムで日本のアニメクリエーター、松本零士と、CDのジャケットやビデオをクリップ(「インターステラ5555-The 5tory of the 5ecret 5tar 5ystem-」として結実し、カンヌにも出品)を共同で制作した。彼らは日本のアニメを見て育った世代で、「日本は第2の故郷だ」とまで言っている(実はフランスは日本やアメリカに対抗するために国内産アニメの育成にも助成を惜しまない)。それは全くフランスの伝統文化の痕跡を見つけようがない、グローバリゼーションの象徴的な産物だった。この傾向はフレンチ・タッチ(エレクトロ)と呼ばれるジャンルに顕著で、今年、「D.A.N.C.E.」が流行ったジャスティス Justice はフランス発だと全く意識されずに聴かれている(FRANCE 24も2007年の回顧の中で最も若者に支持された音楽として取り上げていた)。

また、1994年に当時の文化大臣、ジャック・トゥーボンが国民議会の演説でMCソラーの名を挙げたのは有名なエピソードだ。「みなさん、MC Solaarをお聞きください。以前にはボビー・ラポワントやボリス・ヴィアンがやろうとしていたことを、今度は彼がフランス語でやるのを聴くことになるでしょう!」と、伝統的なフランスの詩人と同じくらい巧みにフランス語を操るセネガル生まれのフレンチ・ラッパーを褒め称えた。移民系のミュージシャンによって、フランス語の顕揚とナショナリズムが担われるというのも全く皮肉な話である。

Qui Seme le Vent Recolte le Tempoまた「フランスのラジオで流す曲の40%をフランス語にしなければならない」という法律が、フレンチ・ラップの隆盛に寄与したという話がある。ラジオを聴くのは(つまりCDを買えない)移民の若者が多かったからだ。いくらフランス語で歌われているとはいえ、ヒップホップというニューヨークのダウンタウン発祥の音楽形式を移民の若者が支持するという構図は政府がこの法律によって望んだことなのだろうか。

タイムの記事によると、フランス政府はロックロール大臣を任命したことがあるようだが、これはジャック・ラングのことだろうか。元文化相のジャック・ラングと言えば、ロック大好き大臣として知られ、ロック・フェスティバルをよく企画していた。しかし、彼が理解できなかったテクノは冷遇されたようだ。その後のフレンチ・エレクトロの盛り上がりを見ると、彼には全く見る目(=聴く耳)がなかったということになる。

しかし、国家がロックとかテクノとか言い出すことほど胡散臭いことはない。とりあえず、影響力のありそうなものに片っ端からフランス国家のお墨付きを与える、文化を国家の名のもとに取り込もうとする行為にしか見えない。結局は、フランス文化という実体があるのではなく、国家と文化を結びつけるディスクール(=語り、物語)があるだけなのだ。それに説得力がなくなり、信用されなくなってきたということなのだろう。時代遅れの文化保護はフレンチラップの盛り上がりのように、望んだものとは違う結果をもたらす。またジャック・トゥーボンのように意識せずに矛盾したことを言う羽目になる。今の文化は国家がコントロールするにはあまりに狡猾で、したたかなのだ。

それに加え、インターネットの到来によって文化は新しい局面に入っている。何よりも人と文化の関わり方が大きく変わってしまった。文化は既成の作品や価値として上から与えられるのではなく、個人が編集し、加工するものに変わりつつある。
(続く)

★このエントリーは main blog で2007年12月16日に掲載






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2009年10月26日

ヨーロッパとアメリカとオバマのノーベル平和賞

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2009年 10/21号 [雑誌]今年度のノーベル平和賞を米大統領バラク・オバマが受賞しました。その評価については賛否両論入り乱れ、アメリカの最新の世論調査では米国民の56%が受賞を支持しないという結果が出ています。世界の注目を集める「希望の星」としてオバマ大統領に期待する人々はたしかに多くいますが、その一方で就任して1年も経っておらず目立った成果をなにも残していない政治家に賞を与えていいものか。考えれば考えるほど、むつかしいところです。

ところで、こうしたオバマの平和賞受賞について賛成か反対かという議論とはべつに、では「なぜノーベル委員会がオバマに賞を与えたのか?」、このへんの事情も気になるところです。結論からいうと、「オバマを牽制するため」、もっといえば「ヨーロッパがアメリカの暴走を押さえるため」ではないかという意見が大勢です。つまり、オバマに「ノーベル平和賞」という権威ある称号を与えることによって、今後のアメリカの行動に心理的な縛りをかけること。軍事介入主義に予防線を張り、さらに一極体制的行動に歯止めをかけることです。

下に訳出したのは10月10日のルモンド紙の記事ですが、上記した「ヨーロッパがアメリカの暴走を押さえるため」というキーワードを踏まえて読めば、違った観点、具体的には両者の間に潜在的に横たわっている問題も見えてくるのではないかと思います。ヨーロッパでの圧政や貧困から逃れ、自由の地で自分たちの新しい国を作ることを目指してできたのがアメリカ。歴史的な経緯からいっても、アメリカ人たちは自分たちを「自由の象徴」と感じていることでしょう。

ところが、そのアメリカは時を経て世界第一の超大国となり、本家のヨーロッパを軽く凌駕する国に生まれ変わりました。そしてその間、ヨーロッパの国々はつぎつぎに民主化し、いまやEUという超国家的組織を実現するまでに変貌をとげました。こうしたおなじルーツをもつ者同士が大西洋を挟んで「平和」についての駆け引きを繰り広げているというわけですね。


歴史の皮肉だろうか、現職アメリカ大統領としては3人目となるノーベル平和賞を受賞したバラク・オバマは、受賞した数時間後にアフガニスタンについての軍事会議の会合が控えていた。さらに皮肉なことに、これにより政界に意見の対立が生じた。共和党員はオバマはなにも達成していないし、受賞に値しないと異議をとなえた。そんな彼らに対し、民主党員は「まるでタリバンやハマス」のような反応だと非難した。

かりに、ノルウェーの委員会が善意でもって就任後一年も満たないオバマに賞を与えていたところで、ホワイトハウスは大喜びしてシャンペンを開けたわけではない。明け方にニュースを知った関係者たちはからかわれているんじゃないかと思った。なによりも、前の週、シカゴがオリンピック開催権をかけた投票で最初に落選してしまった直後のことである。

オバマの『スピーチライター』たちが、政治的障害を避けられるような原稿を数時間かけて作成しているときに、すでに医療制度改革や大統領の「社会主義」に論の矛先を向けている共和党マシーン(註:マシーン=利権団体や集票組織に対するアメリカでの呼称)は、民主党員や「彼らの国際左派同盟者たち」につぎつぎと非難を浴びせつづけていた。オバマは6分間のスピーチをおこない、彼やアメリカ、アメリカの偉大な建国者たちを通じて得られた名誉に敬意を表したが、感情はこもっていなかった。

事を説明するにあたって、彼は、受賞を聞かされたのは娘たちからだったと述べ、その日はちょうど飼犬の誕生日だったとつけくわえた。自らには「値しない」賞を謙虚に受けとめているとも述べた。そして以下の表現を上手に滑りこませた。自分は「終結すべき戦争を遂行している国の最高司令官」だと。別言すれば、平和に身を捧げるといっても、ひとつの賞のためにじっと身を潜めるわけではないということだ。

またおなじく巧妙に、彼は受賞を「棒や銃弾の矢面に立ちながら、通りを沈黙のうちに行進した」若い女性と分かちあった。あきらかにイランでのデモ行進とテヘランで殺害された学生、ネダのことをほのめかしている。また「民主化運動への加担をあきらめようとしないという理由で自宅軟禁されている反政府運動の指導者」、アウンサンスーチーとも賞を分かちあったが、イランやミャンマーを直接名指しすることはなかった。そして、その日の終わりには、オバマは2週間にわたる安全保障会議の5回目の会合を開いた。前日水曜日はパキスタンが問題になったが、この日はアフガニスタンの番だった。これが最後の会合とはならないだろうと、ロバート・ギブス米大統領報道官は述べ、対策決定にはまだ「数週間」かかるという。左派は偶然の一致を大きく取りあげている。「イスラム世界のまっただなかで、2つの戦争を指揮しているような大統領など受賞に値しない。増派を検討しているのならなおさらだ」と進歩主義のコメンテーター、デヴィッド・シロタはいう。

「平和」外交を応援する部分についてはタカ派は見逃さない。ノーベル委員会をほとんど取るに足らないものだとみなしている彼らタカ派は、国連は大喜びをし、そして大衆主義右翼の先兵、ラッシュ・リンボーの言葉でいえばアメリカの「去勢」を目論むヨーロッパ人に対して、伝統的な不信感がふたたび生じてきたとみなしている。「オバマははじめての脱人種的な大統領であるばかりでなく、はじめての脱成果的な大統領でもある」そして「彼の頭は大きくなって、彼の耳がよく似合うよ(註:オバマのことをロバだと揶揄する人々がいるので、そのことと関係した表現だと思います)」と皮肉る。このような名誉に対しすべてのアメリカ人は誇りに思っていいと述べたオバマの元ライヴァル、ジョン・マケインをのぞけば、共和党員たちは賞とおなじくノーベル委員会を批判している。ロナルド・レーガンはノーベル賞をとっていない、とユタ州オリン・リッチ上院議員は告発する。「彼は冷戦に終止符を打ったのにもかかわらずだ」。「ヨーロッパ人たちはなにかしたいのなら、どうしてアフガニスタンに派兵しないのか?」と中東の専門家、アーロン・デヴィッド・ミラーは問いかけた。

賞の授与はまた、オバマがどんな案件にも目覚しい成果を残していないと考えている人々と、根本的な変化だとみている人々の間に溝があることも示した。ジミー・カーターの元外交顧問のズビグネフ・ブレジンスキーは、1年も経たないうちにオバマは「アメリカとほかのすべての国々との関係を見直し」「あきらかにアメリカのイメージを改善し」「一極体制的でないやり方でいくつかの衝突の解決を図る約束をした」と評価した。アメリカをして、核兵器削減といったような「高い」諸目標を追求するように仕向けたともいう。ブレジンスキーはPBSチャンネルに対し「これは大いなる成果だ」と述べ、ノーベル委員会はオバマの政治に「国際的正当性」を付与し、イランやパレスチナ問題にも有益になるだろうと評価した。

米外交問題評議会のウォルター・ラッセル・ミードは、アメリカが国際的な検討課題の明確化にあたって、つねに「傑出した役割」を担ってきたことをノーベル委員会が示したとして評価する。「オリンピックの落選のあと、オバマは躍動感を失ったかのようだった。彼はふたたび、政治という天空においてもっとも輝いている星であるかのようにみえる」


Barack Obama, Prix Nobel de la paix : les raisons d'un choix
Article publié le 11 Octobre 2009
Par Corine Lesnes
LE MONDE

translated by superlight



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